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世界とガチャンコ

 オーストラリアは今、冬なのよ。テルヒコは雷にうたれ、地理のアヤコ先生を尊敬した。すっかり世界中、夏だと思っていた。アメリカのゴミムシが、エジプトのゴミムシが、世界中のゴミムシが生まれてくるような気がして、寝苦しかった。薄着で寝るといいんじゃないかしら、先生はそう言って職員室へ帰っていった。まだ沢山、知りたいことや聞きたいこと、見たいところがあったのに。余った休み時間中、テルヒコはミスター・ビーンの顔で教壇を撫ぜた。
 家に帰ると、テルヒコは国際電話をかけた。この受話器の向こう側で、オーストラリアの人が暖房を効かせている。テルヒコの家にクーラーは無い。貧乏だからだ。世間のことなんて何も知らないのに、自分は中卒になるという確信があった。テルヒコはゆっくりとダイヤルをまわした。昔の電話はとにかくガッシリしている。
 ブツッ。
「ハロー、ハロー! マイ・ネーム・イズ・ア・中学生! ハウ・アー・ユー!」
 テルヒコは事前にパチンコ屋のチラシの裏に書いておいたカタカナ文章を読む。ポストにねじこまれるパチンコ屋さんのチラシは裏が白いから便利だ。お父さんお母さんばあちゃんは表、テルヒコは裏。これが貧乏のカラクリだ。じいちゃんは死んだ。
 ブツッ。 ツーツーツー。
 テルヒコは無表情で受話器をガチャンコ、そしてまたすぐ取った。クラスメイトの後藤君の番号をまわした。
 プツッ。
『はい後藤です』
「後藤君、また何か教えてよ」
『テルヒコくん。マクドナルドでは混んでいる時、音楽のボリュームをあげているんだよ。すると必然的に会話の声も大きくなって、相乗効果でザワザワするね。居心地が悪くなって長居しなくなる。そうやって客の回転をよくしているんだ。僕たちは気付かないうちに、企業的な目的へ自発的に従うように管理されているんだよ』
「後藤君、僕はマクドナルドに行ったことがないんだ」
『そういう問題じゃないんだ』
「後藤君、アヤコ先生の電話番号を教えてくれないか」
『テルヒコ君、もう電話しないでくれ』
「後藤君、世界で起こったエロいニュースを教えてくれよ」
『テルヒコ君』
「後藤君、テレビくれよ」
 プツッ。 ツーツーツー。
「見ないって言ってただろ」