スクリュー泳法

「じゃあ、もうモリヨシはチンチンをスクリューのように回転させて進むことはできないっていうの!?」
 崩れ落ちたまま、ヨシエは叫んだ。その悲痛な叫び声が事態の深刻さを物語る。今日のレースで予選を通りながらも負傷した愛知県出身プロスイマー・モリヨシの性器の損傷は激しく、医者が、産卵のため川をのぼってきたシャケの顔にたとえるほどだった。入院の必要があった。
「将来的には、チンチンを日常的なスクリューのように回転させるのに問題は無いらしい。だが少なくとも、プロスイマーとしては、二度とチンチンをスクリューのように回転させて進めないだろう」
 モリヨシの兄モリヤスは、ヨシエから背を向けたまま説明を続けた。
「こんなことってないわ! モリヨシが、チンチンをスクリューのように回転できなくなるなんて! こんなことになるなら、どうしてチンチンをスクリューさせるの、止めてくれなかったのよ!」
 ヨシエのうらむような目がモリヤスにしがみつく。
「いつかこうなるかも知れないということは、ちんぽ倉コーチもわかっていたんだ。だからコーチは口をすっぱくして繰り返し忠告していた」
「じゃあどうして!」
「モリヨシは自分の能力を過信していた。でもそれだけじゃない。モリヨシはこの大会に賭けていたんだ。この大会で優勝したら、あいつは、君に――」
 モリヤスが言葉を止めたのは、ヨシエの顔色が変わったからだけでなく、廊下から物音が聞こえてきたからだ。音はだんだん近づいてくる。処置を終えたモリヨシが入院するこの部屋に帰ってきたのだろうか。ヨシエは涙を拭いて視線を注いだ。
 現れたのはやはりモリヨシだった。モリヨシはブリーフに水泳大会の公式Tシャツをインした出で立ちで、結果的にはチンチンを強くすりむいただけなのに松葉杖をついていた。新しすぎて逆に青く輝く白ブリーフは、氷嚢をたくさん突っ込んだがためにイゴイゴしており、漏れた水が太ももを伝っている。
「なあ兄貴、俺のチンチンはどうなっちまったんだ? 医者に聞いているんだろう。教えてくれよ。まるで自分のチンチンじゃないみたいなんだ」
 兄モリヤスは下を向いて黙り込んでいる。
「俺は二度と同じ失敗を繰り返さない。なぜなら、何度もしつこく言われてもまったく意味がわからなかった『深くもぐりすぎるな』というちんぽ倉コーチの教えを、体で理解したんだ。俺はまだまだ進化する」
 モリヨシの言葉を聞いて、ヨシエはまた静かに泣き始めた。
「すぐに治って、またチンチンをスクリューのように回転させて推進力を得られるんだろう。なあ兄貴、三日後の決勝には間に合うんだろう?」
「モリヨシ、よく聞いてくれ。お前のそのチンチンでは、チンチンをスクリューのように回転させて進むことはできない。もう一生な」
 一生という言葉に、モリヨシの表情が凍りつく。これまでのストイックな人生の積み重ねが、現在と抱き合わせで暗い未来に押しつぶされる。努力も才能も栄光も愛も何もかも冷たい海の底に沈んでしまい、その残骸が色みの少ない魚の住処になっていく光景をモリヨシはひしひしと感じていた。
「俺のチンチンが…ウ、ウソだろ……?」
「本当なんだ。お前のチンチンはもう」
「それでもいいじゃない、勝負に負けたっていいじゃない! チンチンをスクリューのように回転させられなくったって、モリヨシはモリヨシだよ!」
 ヨシエはすがりつくような目でモリヨシを見上げた。スタイルはいいがブサイク、40点の女だった。
 モリヨシはその声が聞こえないかのように、空ろな目で、同じ病室で、小型扇風機によってチンチンに風を送られながら寝ているおじいさんのベッドに勝手に腰かけた。魂が心を離れ、度を越して放心状態。うわ言のように、チンチン、スクリュー、とつぶやきながら、小さく首を振っている。
 そこに、兄モリヤスが歩み寄った。
「モリヨシ、俺のチンチンを使え」
 兄モリヤスは、自分のチンチンをわしづかみにして力強く言い放った。
「血のつながったチンチンなら、移植できる」