部費倍増クイズ

 キャプテンは渋い顔をしていた。出たよ。キャプテンはいつもそうだ。優柔不断で夏も長ズボン。いつもそうやってチャンスを逃してきた。事なかれ主義の一番悪いパターンの渦のまんまん中で、先輩はぐるぐるぐるぐる回転しているんだ。全然世間が見えていないとはこのことだ。
「キャプテン、こんなチャンスは滅多にないですよ」とぼくは耳打ちした。
「さあ、どうするんです。今回の、部費倍増チャンスを使うのか使わないのか。言っておきますが、生徒会としてはどっちでもいいんですよ」と生徒会長が詰め寄る。「柔道部は使いませんでしたよ」
「やるに決まってるでしょ!」とぼくは一歩前に出て言ってやった。煮え切らない先輩にまかしていられない。「柔道部は着るものと色違いの帯があればいいけど、こっちはそうはいかないんだ!」
 生徒会長は、ほう……という風にメガネを取って、薄目をぼくに向けた。
「では早速問題。あなたのクラスメイトのコウジ君は今日、突然自習の時間になってちょっとはしゃぎすぎというか、度を超してKYというか、はしゃぐならはしゃぐでもうちょっとやり方があるだろという感じで、女子のフラストレーションもたまってきています。あなたはどんなタイミングでどうやって注意をしますか? はいスタート」
 ぼくは度肝を抜かれ、もんどりうって倒れてしまった。こんな問題、まるで心理テストじゃないか。しかも、もうスタートしてしまった。いったい何がスタートしたんだ。質問タイムは無いのか。無さそうだ、だってあの生徒会長の顔、人が無視をするぞと決めてかかる時の顔そのままだ。対照的に、キャプテンは厳しい表情で一点を見つめていた。ぼくが地面にはいつくばってしまったので、回答者は自動的にキャプテンということになった。
「キャプテン、頑張って!」とぼくは声をかけた。
 くそう、一体いつなんだ。一番効果的にコウジを黙らせる、一発で決めるタイミングは。こういうのは、早すぎてもいけないし、遅すぎても後の祭り。絶妙な間とタイミング、そして位置取りで、吟味した簡潔な言葉をコウジに突き刺さなくてはダメだ。そうじゃないと、イタチごっこの末に、いつかは隣のクラスの先生が怒鳴り込んでくる。そんな、ある一時が、今の簡単な問題文の中に隠されているのか。それとも、コウジが○○した時、という答え方をすればいいのか。
 生徒会長が腕時計に目をやった。キャプテンは黙っていたが、やがて落ち着きが無くなってきた。とにかく何か言わないと失格になってしまうのではとぼくは心配した。けれど、どうすることも出来ない。くそっ、それもこれも、コウジが調子に乗るからだ。
 傍から見ても、キャプテンは苦しんでいるのがわかった。爪をかみ、小刻みに体が震え、時々、歯軋りの音が聞こえる。キャプテンが答えを探しているのを黙って見ているしかない自分がくやしかった。
 何分経ったのだろう、ずっと黙っているには耐えられないほど長い時間が経った。いつの間にか、キャプテンは鼻に汗をかいている。それを気にしたぼくがハンカチを手にキャプテンに歩み寄ったその時だった。
「みんなの迷惑だから止めろよ!」とキャプテンが急に誰もいない方を振り向き、怒声を響かせた。
 ぼくはあっけに取られて、動きを止めた。空気が張り詰め、物凄い静寂が訪れた。
「正解」と生徒会長が急に落ち着き払った声を出し、書類に何か書き始めた。
 ぼくはしばらく二人をかわるがわる見つめ、やっとわかった。先輩は、スタートした時からずっとクラスの中にいたんだ。ずっと、コウジの騒がしさの中に身を置いていたんだ。席を離れ、消しゴムをちぎっては投げちぎっては投げするコウジを、知らない振りをしながら、背中で感じていたんだ。そして、ここというタイミングで、時間を置いて叫んだのだ。それが、スタートからのあの時間。さらに、この場合、何を言うかは重要じゃなかったんだ。必要なのは、怒り。しかもそれまで何のアクションを見せてこなかった人物が、本気の怒りを露わにすることこそが何よりも重要だったんだ。
 なにはともあれ、キャプテンのおかげで部費は倍増となった。これで、バスケットボールも買えるし、破れたネットも交換できる。でも、ぼくはなんとなく、キャプテンがキャプテンなのに補欠のわけが納得できた気がした。中学のバスケ部でレギュラーを張るのは、多分、コウジみたいな奴なのだ。