わかっちゃいるけど弱小バスケ部

 自分たちのバスケットボール部が凄く弱いのはゴールに網が無いからだとキャプテンは言った。実際、その中学のバスケ部は凄く弱かったし、ゴールに網が無かった。
「みんなは、スラムダンクの何を読んできたんだ。スパッじゃないのか。みんな、スパッに憧れて、バスケを始めたんじゃないのか」
 ちげーよ、とみんな思ったが、スパッをしたい気持ちに嘘はつけなかった。ゴールを見ると、網が、一箇所だけでリングにぶら下がっていた。反対のゴールは、もうただのリングだ。
「後ろの板に当てて入れるなよ。強豪はみんな、スパッと入れるんだ。みんながスパッとさせてるところ、見たこと無いよ。いっつも、バンッてやって、ガタガタッとして、グワングワン言って、入るだの入らないだの、あんなのは、たまにあるからいいんだよ。うちの部は、いっつもそれじゃないか」
「スパッと言わないのは、網が無いからじゃないですか」生意気な一年、田辺が言った。
「だからつけるって言ってるだろ!」キャプテンが叫んで、その日のミーティングは終わった。
 土日が明けて月曜日、部活に行くと、ゴールに網がついていた。そして、その網が凄く長かった。床まで届き、余っていた。みんなが、キャプテンに詰め寄っていた。
「長いだろ!」「長すぎるだろ!」
「みんな、落ち着いてくれ。確かに長い。僕も頼んでおいて、あんなに長くなるとは思わなかった。業者がモグリだったんだ。それは謝るし、情けない。でも、どうだろう。こんなに長い網があれば、普通のものより、みんなの士気は上がるんじゃないのか。能代工業があんな長い網つけてるの見たことあるか」
 ねーよ、とみんな思った。しかし、確かに、これにボールをスパッとさせたらかなり楽しそうだ、という気持ちに嘘はつけなかった。
「NBAでだって、こんなの見たことねえ」家が貧乏の三年、後藤が言った。
 みんな、顔を見合わせた。
「よし、一人一個、ボールを持て!」キャプテンが高らかに叫んだ。
「ボール無いです」背の低い一年、駒岡が言った。
 そうだ。うちの部にはバスケットボールが無かった。ボールが無きゃ、始まらない。こんなに長い網があるのに、これじゃ、宝の持ち腐れだ。
「今日、ボールを持ってくる日の奴は誰だ!」
 このバスケ部は、家にあるバスケットボールを誰かが日替わりで持ってきて、それで練習するのだ。
「持田です。休みです」持田と同じクラスの二年、早坂がくやしそうに言った。「あいつこんな時に、水疱瘡に……」
 みんな、黙った。キャプテンの落胆は凄まじかった。
「どうせこんなことだろうと思ってましたよ」生意気な一年、田辺が言った。
 みんな、その発言に腹を立てた。今、部が一つになろうとしていたのに田辺の奴め、どうしてそういうことを言うんだ。すぐそういうこと言う。みんなが田辺の方を振り向いた。田辺はいつも後ろの方に立っているのだ。そこを指定席にして、後ろの方からぶちぶち言い始め、やがて前に出てくるのである。
 しかし、その日の田辺は、少し離れた場所に立ち、異様に膨らんだ紙袋を提げていた。その膨らみが、バスケットボールだとみんなすぐにわかった。バスケットボールは、数あるボールの中でもかなりでかいのだ。
「こいつを使ってください」田辺は紙袋をキャプテンに差し出した。
「お前、これ……」
「従兄の、パクってきただけです」
 みんな、田辺の従兄が茨城県の下の方に住んでいることを知っていた。なぜなら、こいつは自分の身内のことをペラペラとネタにするから。しかし、そんなことはどうでもよかった。そんなことより、田辺の家は千葉県の真ん中へんにある。田辺の奴、自転車で無茶を……。
「田辺、ありがとう」キャプテンが紙袋を受け取って言った。
「田辺、すげえぜ!」「お前がまずやったらどうだ」「あそこに、ボールを通すんだ」
「いや、俺がやるわけにはいきませんよ。ここはキャプテンが」田辺は紙袋をたたみながら、照れくさそうに言った。なんだ、お前、いい奴じゃないか!
「いや、僕にもその資格はない。僕は、スパッとさせたいから網を買ったんだ。ここは、平良にやってもらおう」
「そうだ、ここは3ポイントシューターの平良さんの出番だ!」「一番シュートがうまい!」「二中のスナイパー!」「球技大会で、得点王にも輝いてる!」
 平良さんは、その汚いボールを受け取った。そう、ボールは汚かった。そして異様にツルツルして、引っ掛かりが全然なかった。でも、そんなことはこの際関係ない。田辺が土日に一生懸命チャリをこいでパクってきた最高のボールだ。平良さんも何も言わず、ゴールから離れていった。みんな、網の垂れ下がったゴールの下を空けた。
 今まさに、キャプテンの気持ちが、田辺の気持ちが、部員全員の気持ちが、学校ナンバーワンシューターの平良さんによって床にダムダムされた。シュートを打つ前に何度かダムダムすることで、バスケットマンは緊張をほぐし、集中力を高めるのだ。
 そして、平良さんがシュートの構えを見せて、そして放った。
「あっすいません!」シュートをうった瞬間、平良さんは三年なのにみんなの前でそんな声を出した。
 ボールは、もう投じられた瞬間にずれており、横からのアングルからでさえちょっとずれており、ゴールにかすりもしないで床に落ち…いや、その時、猛然と飛び出した者がいた。一年の、メガネの国本だった。落ちてバウンドする寸前、国本が飛び込み、ダイビングキャッチした。
 みんな、声も出せなかった。しかし、事態が飲み込めるとホッとした。もしもあのまま、床に落ちて汚えボールがバウンドする、バイーン……バイン…バインという音が体育館に響いていたら、なんとなく全体的にモチベーションがかなり下がってしまったに違いない。国本のファインプレーだ。普段は引っ込み思案の国本が気持ちを見せてくれた。今日、バスケ部は生まれ変わる。
「ナイス国本!」「お前は最高だ!」
「平良さん、シューもう一本です!」国本は声を出しながらボールを平良さんに投げ返した。
 ボールは平良さんの上を抜けていき、その背後でバウンドした。平良さんが背中を見せてボールを追いかけ始め、さらにその後ろから国本が、俺が取りに行きます、という全力疾走で走り出したところで、みんなのモチベーションは目に見えてガクンと下がった。いつの間にか、全員、腰に手を当てて、その弱小な光景を見ていた。