全ての偉大な人にお金を

 ぼくは「ゆうちょ」から全てのお金を引き出してきて、財布に入っていた小銭と一緒に机の上に並べた。貯金箱の中には何も入っていなかったが、気持ちを示すために割った。
 8761円をこれからぼくは分配する。全ての歴史の中の、全ての偉大な人たちに。
「では、始めます」とぼくは厳かに呟いた。
「まず、先だちまして、偉大な人たちにこの言葉を贈ります」とぼくは言った。「ありがとう」
 目を閉じて手を合わせ、感謝の気持ちを全身に奮い立たせたぼくの周りには仏の魂が続々と集まってきて浮遊し始めた。その頃、全国で読経をあげていた和尚達はいっぺんに不安な気持ちになってしまった。
「それでは、次に、いよいよ謝礼金の分配にまいりたいと思います」とぼくは言った。
 仏達は合掌を解いてまた合掌して、という形で拍手をした。
「まず、網戸を考えた人」とぼくは言った。「三千円、ぼくからの気持ちです」
 このあとのことを考えると三千円は少々痛いが、三千円より安い金額をささげるのは、この偉大な発明に対して失礼なことのように思えたので、ぼくはためらわなかった。でえい、三千円、という気持ちだった。仏達も微笑んでいた。ぼくは三千円を離して置いた。
「次に、任天堂さん」とぼくは言った。「五千円、ぼくからの気持ちです」
 もちろん、ぼくだって五千円は多いかなと思った。でも、ぼくがマリオやヨッシーとともに過ごした原色の時間は、スーファミとソフトを買ったお金ではとても感謝しきれなかった。そして、他のゲームも任天堂さんから始まったのだ。ぼくたちがプレステで遊んでいようとも、それは遡ってみれば任天堂さんに遊んでいただいているようなもの。世界中の富裕層は任天堂さんの子どもだ。だからぼくは、どうしても五千円を贈りたかった。仏達も、世界のNINTENDOだからそれはしょうがない、という顔でぼくを慰めてくれた。五千円をさっきの三千円の横に置いた。
「次」と言った時、ぼくはもう小銭しか残っていないことに気付いた。
 仏達は心配そうな顔でぼくの顔の周りを慌しく飛んでいた。ぼくはそれから四分間、黙っていた。黙って考えていた。
「おい」と仏の一人が言った。「仏心から言うけど、無理すんなよ」
 ぼくは答えなかった。ぼくは全ての偉大な人に感謝をしたかったのだ。だから、苦しいけれど、決心した。
「干した布団を押さえるでかい洗濯ばさみ考えたやつ」とぼくは言った。「三千円よこせ」
「もっと、お前ら、スマートにできねえのかよ」と震える声で悪態をつきながら、ぼくは払い終わった八千円から三千円を取って、手元に恐る恐る持ってきた。
 一人ずつ、また一人ずつと仏が消えていった。
「じゃあ次」と言って儀式を続けたが、気付くと仏は一人もいなくなっており、ぼくも泣いていた。