ギターコンサート

 俺のコンサートは今日、お日様が一番高いところから街を見下ろし、時間差で気温が一番上がる午後二時開演だ。
 俺のアコ−スティックギターが控え室の蛍光灯をうけて不気味に光っている。俺が上の方をつかんで移動する時に机の角や壁に当たるたびゴインゴイーンいうこのギターは、凄く高い。どのぐらい高いかというと、夕方の特集で有名な毎月の光熱費を極限まで節約する主婦が五年かけなければ買えないぐらいのプライスだ。あいつら頭おかしいだろ。
 時計の長いのと短い針はちょうど一時のあたりで重なり、スタッフさんの動きも慌しくなってきたところで、言いたいことがある。イエス、俺はギターが弾けないかもしれない。練習したことがないからだ。
「でも、それは同時に、弾けるかも知れないってことだ。可能性が残されている限り、俺は弾こうとしてみる。諦めたらそこで、俺の人生は在庫切れだから。再入荷の予定無しだから」
 俺の髪の毛や化粧をいじくるメイクさんが卒倒した。感動してしまったのだ。
「タンバイおねあっしあーす」
 俺は頬だけの化粧と髪は朝起きたままで、すれたスタッフの声に反応して立ち上がった。ギターを持ち、狭い廊下を歩いていく。廊下を埋め尽くすスタッフ達が道をあけながら拍手で俺を送り出す。パチパチパチ。ゴインゴイーン。
 ステージに出ると、更に大きな拍手が俺を襲った。ステージ中央の椅子まで歩くのに、俺はギターを落としてしまったほどだ。ゴゴゴゴイーンインイーン。会場は水を打ったように静かになった。
 俺は椅子に座った。きしむ音がとてもいい音響効果にはねっ返るのを感じる。非常口の白が目立つ。
 俺はギターをかまえた。不思議と、さまになっている。ギターを弾いたことがない俺が、ギターの持ち方を知っているのだ。俺は自信がついた。
 そして、古今東西のミュージシャンがライブ一発目は挨拶無しで、いやむしろそれが挨拶だと言わんばかりにいきなり出てきたと同時に始める時のように、挨拶無しで弾き始めた。
 ジャーン。ジャーン。
 俺の手は止まった。だって練習したことないから、上の方で色々する手の色々するやり方を知らないから、音が一つしか出ないのだ。やっぱり俺はギターを弾けないんだ。俺はギターを握る気力もなくなり、落とした。ゴゴイーン。俺は、文化祭でバンドをやる友達に憧れていただけなんだ。くやしい、俺はくやしいよ。
 案の定、客はざわざわし始めた。当たり前だ。チケットにはギターコンサートと書いてあるんだもの。
 パッパララパッパッパラッ、パッパララパッパッパッパラッ。
 急に聞こえてきたのは、ラッパ的な音だった。その音は次第に増えていき、重なり合っていく。やがて、様々な大きさや形をした金色の楽器を口にあてたスタッフさん達がステージに大挙として躍り出てきた。観客はもはや総立ちで、その音楽に体を揺すぶっていた。スタッフさん達は俺を取り囲むように、間隔をあけて立った。
「さあ、ギターを持って!」
「メイクさん!」
 メイクさんは確かトロンボーンという楽器を持っていた。片方の手をシュコシュコさせる動きが楽しい楽器だ。
「ギターおねあっしあーす」
 俺はうなずき、ギターを拾った。みんなありがとう。今なら俺、弾ける気がするよ。ジャンジャン弾くだけでも恥をかかない気がするよ。
 伝説のライブが始まった。