『現代児童文学作家対談5 那須正幹・舟崎克彦・三田村信行 』神宮輝夫

 

 

 この毎週日曜8時に更新するようになっている書評だかなんだかで表題になっている本は、一連の考え事が始まるきっかけになった本というだけで、読んでもなかなか出てこない場合もある。

 ナボコフは――だからすぐこういう風になる――後に『アーダ』となる書き始めの断片をエッセイで明かし、その後でこう記す。

 この断片を書きつけたのは、小説が湧きだしてくる数か月前、一九六五年の暮れも押しつまったある朝のことだ。ここにあげた部分が小説最初の胎動であると同時に、不思議な核の役割をもはたした――このあと三年をかけて、本は核のまわりを包みこむように育っていったのだ。
(「霊感」『ナボコフの塊』p.241) 

  この前後で、そういう部分は霊感の輝きを体験した後で書かれるのだって感じに書いているが、これはなんともよくわかる話で、自分も、長いものの書き始めはよく覚えている。何か書くというのは、この「何か書けそうだという霊感の賜物だ」と断言しても問題ないくらいの、広く的確な言い方だという気がする。
 なぜなら、今よりてんでもっとなっちゃいなかった自分の昔を思い返してもわかる通り、この霊感は、経験や腕前によらず誰にも等しく訪れるものだからだ。文章に限らず、べつに関根勤の妄想だって、『アーダ』の核をもたらした霊感と全く同じメカニズムだろうと思う。
 しかし、そんな感じで誰もが等しく身に覚えがあるために、勘違いをする者も昔から多いと見えて、結局はどれだけ霊感が強いかの勝負だ、才能だ、みたいな驚くべき結論に驚くほど一瞬で収束したりする。ナボコフはちゃんとこう書いている。

霊感の次なる段階とは、喉から手が出るほど欲しいあのなにかであって、すでに名もなきものではない。実際、この新たなる衝撃の輪郭はあまりに鮮明なので、暗喩をあきらめ、すでにある言葉を使うことを余儀なくされる。その人物は、自分がこれから話す内容を予感している。その予感は、堰を切って言葉があふれだす瞬間のヴィジョンとして、定義することができる。もし、なにかの装置でこの稀にして悦ばしい現象を呼びおこすとしたら、図像なら明晰な細部がちらつくようにしてうあってくるだろうし、言語なら言葉のるつぼがひっくりかえったようになるだろう。経験豊富な作家は即座にそれを書きとめるが、その過程で、せいぜいすぐ消えてしまう滲み跡にすぎないものから、意味の兆しを次第に引きだしていき、形容詞句と構文は、印字面にあるように明瞭かつ整然としたものになる――
(同 p.240)

  霊感によって捉えたものを現前させる技術や知識が、その人を関根勤にしたりナボコフにしたりしている。
 このあと、長いものを書く時は「続けざまに襲う閃光となって作家につき従うものだ」とか、「作家があまりに慣れっこになってしまえば、自宅の照明用につけていた霊感が突然ぷすりという音をたてて消えてしまうと、裏切られたと感じるかもしれない」とか、いかにもナボコフという文章が続くが、なるほど作家はある程度は光を頼りに進むのであって、こうした比喩は色んなところで出くわす。

 三島 僕は先週、富士の青木ヶ原の樹海に行きましてね、樹海の中を一列縦隊で、夜中に灯りなしで歩いたんです。だいたいたいした距離じゃありませんでしたけれども、コンパスで真っすぐ歩くんです。僕は後から二番目にいましたからあんまり責任ないんですけれどもね。前の奴のヘルメットの縁のほのかなあかりだけが頼りなんです。それも時々深いところにいくと見えなくなる。そして、あそこは地面は全部溶岩ですからね、でこぼこで、深い穴があったり……
(三島由起夫『源泉の感情』p.246)

 三島 それで向うズネはすりむくわ、膝は打つわ。もうえらい目にあったけれども、あれは僕は小説を書いてる感じと同じだったな。ぜんぜん、一歩先はまったくわからない。同じ平面だと思っているとまったくちがうんだ。
 武田 だけれども、僕なんかから見ると、三島さんはわりあいに、穴ボコがいくつあって、前のやつのヘルメットが次はどのくらいにくるだろうということは、わりあいに計画的というか、見てやってるほうに見えるな。
 三島 ウーン、それはあたかも軍人が戦術ばっかり勉強して、戦争というと、自分が論理的な解釈ができるように思うでしょう。あれがなければ不安だからですよ。
(同p.247-248)

  昔これを読んだ時は武田泰淳に賛成するばかりだったが、光としての「霊感」という言葉をナボコフにもらった時は、自らを評した三島の言葉の方が説得力を宿してくる気がした。三島には霊感がなかったと断言するほど言葉や証拠を連ねる気はないけれど、少なくとも、ナボコフの「霊感」について何か面白そうなことを言えるのは、三島の方ではないかと思える。

 とはいえ、こんな例を二つだけ挙げて何が言えるものか。この二例は、あまりに離れているか、近すぎている。
 霊感と実作の間にある感覚の例は、多すぎて困るということはない。だから、ナボコフが人の小説に「霊感」の現れている箇所を指摘するように、自分も人の書くもの言うものから光を見せる「霊感」をいっぱい書き写してきた。ちなみに同じエッセイでナボコフは、サリンジャーの「バナナフィッシュ」でシビルが砂浜を歩くときに濡れて崩れたお城に片足を突っ込んだという箇所を霊感スポットに挙げているが、自分もそこを書き写していてうれしかった。


 で、霊感と実作の間にある感覚の例としての本書。
 那須正幹の対談を読んでいて、なんか光った! という気がしたところを引用しておく。それは、己の霊感をそのように準備するための通電作業としての霊感で実に参考になるが、我々がすべきことの結局は、こんな通電と、その光を言葉に変換するためのたゆまぬ努力としか言えず、後者は言葉に表れてくれない。

これはまだぼくが広島で同人誌の「子どもの家」におったころに、外国の少年向けのテレビドラマをNHKが放映したことがあったんですね。たぶんイギリスの話だったんだろうけど、ノルマンディ上陸作戦のときの不発弾がどっかで見つかったんですね。それを偶然、子どもが見つけるわけです。それがなにか狭いところに落ちたものだから、子どもでないと中へ入れないんです。それを子どもが、上から爆発処理班の指示を受けながら、自分でその信管の処理をやるんです。これを見たときに、すごいショックを受けました。
 なぜショックを受けたかというたら、ぼくがもしもこの話を書くんだったら、子どもが見つけるところまでは書くだろう。しかし、そのあとは走っていって、おまわりさんを呼んでくる。そしてぶじ、不発弾は回収できましたという話をつくるなあと思って。イギリスというのはすごいなと思ったのは、子どもに不発弾を処理させるでしょう。児童文学というのはこれじゃないかと、そのとき思ったですね。あれからぼくの書く話がだいぶ変わったんじゃないかと思います。不発弾を子どもに解体させるような状況、それは現実じゃなかなかありませんよ。しかし、いかにしてそういう状況にするかいうのが作家の腕じゃないですか。そういう状況をつくるのが児童文学作家の創造力だという気がしてね。あれはどういう作品か、名前を忘れてしまったけどね。
(p.49)

 

ナボコフの塊――エッセイ集1921-1975

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アーダ〔新訳版〕 上

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ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

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ナイン・ストーリーズ (ヴィレッジブックス)
 

 

源泉の感情 (河出文庫)

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