忍者失格

 密偵任務は大失敗、おしっこもらして聞きもらし、ついでに大事な秘密ももらした。
 お城まで、走り、疲れて歩き、走り、の自主練始めたての中学生みたいなペース配分で効率悪く帰ってきた日系ブラジル忍者、内田カメダス闘莉王(まったくの偶然。これは田中マルクス闘莉王が生まれるちょうど300年前、『カメダス』出版の 288年前の物語である。しかし、偶然にしてはできすぎている…)は、天井裏を這って這って、ちょうど自分のつかえる殿(まったくの偶然。なぜならこれはビートたけしが生まれる242年前の物語だから)のちょんまげの延長線上にやってくると、そこに血がべっとりしっとりたまっていることに気づいた。

 オリジナル忍法「犬のきもち」で鼻および周囲をカメラ目線でうごめかす内田。その穴が大きくふくらむと同時に、頭上に電球がともり、天井裏をあたたかく照らした。そこを心配そうに見上げる内田。

「こう光があたると、けっこうというか、かなり、埃だらけなことがよくわかるなあ…」

  喘息もちの内田としては、天井裏とはいえ忍者みんなで使うところだし、きちんとしてほしい気持ちがある。ところが忍者のどっこい手裏剣、やはりこの業界は体育会系が多く、健康かつガサツで屈強というごめんこうむりたい男たちの巣窟。誰をとっても埃なんて屁とも思わないご同輩ばかりで、内田としては、埃を屁と思えとまではさすがに言わないが、頭巾の口元を水の入った小スプレーで湿らせて小さな埃も吸い込まないようにして、それでも用心してそろそろ這っていることなんかは頭の片隅に入れておいて欲しい。むかむかしてきた。

「うう、血のにおいが気持ち悪くて、発作が出そうだ。メプチンが欲しい。世の中バカばっかりだ。世の中はバカばっかりだと思っている奴も自分の周りだけいいものと思い込んで徒党を組んで実はバカばっかりで、バカでバカで、その最奥部のどん詰まりにたどり着いたのが僕だ。そしてこの血から漂うイヤ~なにおい、あのにおいだ。まちがいない。絶対絶対、まちがいないよ!」

 天井裏を力任せに拳で叩くと、穴があき、メリメリ音がしたかと思うと一挙に板が崩れ落ち、内田は部屋に落下してしまった。殿様の数センチ前で、上半身が畳に刺さりこんでしまった。

「大丈夫!?」

 優しい殿が声をかける。
 内田は、U字型に開いた己の股ぐらからバリッと首だけ出てくるスーパーマリオくんスタイルで殿に話しかけた(この話は300年前に沢田ユキオが考えたものだから、これに関しては時代考証に矛盾が無いと言える)。

「殿、ここに、根来(ねごろ)のくノ一、ゆみこが来ていたようです。おそらく偵察でしょう」
「なんだって!!」

  説明しよう。根来とは、戦国時代、僧兵たちが居住していた紀伊国北部の根来寺を中心とする一帯のことをさす。彼等は鍛え抜かれた傭兵であり織田信長をも苦しめたが、その一部は忍術秘術にも精通したと言われ、かの『参上!ズッコケ忍者軍団』では、モーちゃんと名乗る大男が「根来の三吉」を自称、下剤入りカップラーメンを食わされた敵に同情するなど興味深い描写が多々見られる。

「嘘じゃないですよ。ホントのホントです」
「そうか」
「正真正銘」
「そこまで疑ってなくない?」
「え?」
「ホントのホントは2回疑った時に言うやつじゃ? 少なくとも私の今までの感じではそうだけど……」

  内田は殿が嫌いではない。海より深く、山より高く、校庭で使うメジャーより長く、尊敬しているし、忠誠を誓っている。でも、ハマってない気がする。そして自分自身、殿にハマっていないことを「忍者だから逆にハマらない方がいいんだ、自分は本当の忍者なんだ」と無理やり納得させてきた気がするのだ。

「それで、なぜわかったんだ。聞かせてくれ、カメダス」

 内田はみんなからカメダスと呼ばれていた。
 最初のころ忍者仲間は本名の内田で呼んでいたが、殿が呼び名をそれと決めて以来、みんなもそう呼び始めた。これじゃあたけし軍団だよ……と思うことだって、一度や二度の世界ではない。
 そういう思いを押し隠して話しているから、次のすれ違いが起こっていくんだ。1回目にホントのホントを使って、何がいけないんだ……。

「カメダス」
「はい。殿、ユミコは翔んだアバズレで評判の女です。女奴(みゃつ)は忍者としての腕は確かです。しかし、身を潜めてこっそり話を聞いていると見せかけて、たとえ火の中 水の中 草の中 森の中 土の中 雲の中 自分のスカートの中でところかまわず自慰行為を働きます」
「忍者なのにスカートをはいているのか?」
「はいています。なぜかおわかりですか」
「……ああ、なるほど、大体わかる気がする」
「……せーので言いますか?」
「え?」
「せーので言ってみます?」
「なんで?いやだよ気持ち悪い。意味がわからないし。そんなに笑ってなんだか怖い。一体どうしたっていうんだ。早く話を進めてくれ」
「すいません」

 内田は、またやってしまった、と思う。自分のユーモアはどうしてこうも空を切るのか。だいたい、殿のこれを「ノリが悪い」というんじゃないのか? そんな言葉、自分は使ったことないけれど、もしみんなが使うように使うなら、殿の方こそ、ノリが悪いんじゃないか…? 罪はあちらにあるのではないか…?

「で、その行為が普通じゃないんです。指を数本、秘穴にぬち入れるとか、クリトリをひじりくらすとか、そんな生やさしいもんじゃない。ユミコは……」
「……」
「ひっかきます。バリバリと。血が出るまで」
「……」
「ゆみこが来て潜んでいたところには、そういう血がべっちり残されているんです。で、今、その血を天井裏で発見しました。犬の気になってにおいを嗅いだので、まちがいありませんよ。とんでもない女です」

 その時、内田の顔の上に、ぴちゃぴちゃっと赤黒い血が続けざまに落ちてきた。

「あ、ほら、これです! これ、血!」
「……」
「むむ、この臭い。ひどいもんです」
「……」
「あ、殿、これは関係あるかないかちょっとわからないんですけど、ちょっと考えたんですけど」

 内田はそこで殿を見た。ずいぶん久しぶりに見た気がした。殿が何も言わないので、内田はあせった。話すとすぐこうなるんだ。どうなっているか具体的にはわからないけど、でもこうなるんだ。だから話したくないんだ。

「あの、そういう時って、爪の中に何がたまるんでしょうねえ。普通に肌をひっかいたら垢が爪の中にたまるけど、おまんをそんなに引っかいたら、血はもちろんですけど、いったい何が、爪の中にたまるんでしょうねえ」
「内田」
「爪の中にはさかってるそれの色はどんな…あ、はい?」
「内田」
「はい」
「お前はクビだ」
「はい」
「きもちがわるい」
「すいません」
「……」
「ぼく、喘息で……」
「行け」
「すいません」



 鑑定結果

  沢田ユキオの作品でまちがいありません。作風から見て「スーパーマリオくん クリスタルキノコアドベンチャー編」と同時期に書かれたものだと思われます。クリスタルキノコアドベンチャー編というのは任天堂マリオシリーズと関係がない沢田自身のオリジナルストーリーで、言いかえれば最も個性が際立っている作品とも言えます。この作品をじっくり見てみると『ヨッシーのロードハンティング』を意識したと思われる大胆な奥行きのあるスーパースコープ専用の視線も散見されますので、その頃と見てまちがいないでしょう。沢田ユキオは謎の覆面作家と呼ばれていて、名前と作品以外はほとんど何もわかっていないし、300年以上生きて描き続けていると聞きます。 ほんとうに立派な方です。見習った方がいい。こうした作品が新たに見つかることは、日本の文化全体を見ても非常に喜ばしいことだと思います。ぜひ大切になさってください。すいません。