密室ゲーム(下)

 マチャアキはメモ帳を取り出し、咳払いをしてから読み上げた。
「ルールは簡単。4択クイズです。ABCDの中から正解と思うアルファベットを選んで解答してもらいます。お二人ともに同じ問題が出るので、それぞれ答えてください」
 僕は黙ってうなずいた。もう「やるぞ!」という気分になっていた。
「あなたのチンチンは今、どんな状態でしょう」
「え?」
 反射的にチンチンに動こうとする右手を僕は左手で押さえた。両手の力が均衡してブルブルと震える。前を見ると、知らない人もまた卓球台の下で自分と戦っているご様子。普段何気なくポコチンを触り込んで自分を大人物だと思っている人間達の弱さを思い知る。
「A:ずるむけ
 B:どちらかといえばむけている
 C:どちらかといえばかぶっている
 D:完全にかぶっている」
 なんとか耐えた時には、すでにクイズなのに汗だくだった。
 冷静に考えてみると、自分のチンポコが現在進行形でどんな状態でいるのかというこれは非常に難問である。ズボンやおパンツをはいていようものなら、こすれのタッチからくる大ヒントもあろうというものだが、今はスッポンポン。空中に放り出されたペニやんが今どう思い、どう感じ、どう自分を表現しているのかはっきり言ってわかったものではない。
「君達が仮性包茎であるのは知っている」
 そうだ。仮性包茎だからだ。
 既にテレビ画面ではホモビデオの映像が抑えたボリュームで流れ、汁男優たちはそれを見てパンツの中に手をつっこんで縦や横に動かし始めていた。映像を見ても僕のオチンチンはピクリともせず西部戦線異状なし。非常によく考えられたゲームだ。何度も会議を重ねたに違いない。汁男優達がノンケの僕達を前にシコっているその光景は「僕は今現在この世にない濁った液体に溺れて死んでしまうかもしれない…」という恐怖を実感させるのに十分なものだった。
 どうすればいいのか、僕の迷いの色を見てとったか、突然マチャアキが言った。
「テレフォン使えるよ」
「使う!」
「うまいことだまして君たちの家族を待機させているので、スカイプで喋ってもらおう」
 テレビ画面がホモビデオから切り替わった。僕の家族が緊張感なく座っている映像を目にした汁男優からため息がもれる中、僕は叫ぶ。
「父さん、母さん、それに姉ちゃん!」
「制限時間は1分です。つなげた瞬間から始まります。それではスタート」


僕「父さん、母さん、姉ちゃん!」
母「ゆういち?」
僕「そうだよ! ねえ、今から問題言うから」
母「え? はいはい。え?」
姉「あんた何してんの」
僕「いいから、とにかく問題言うから答えて!」
姉「何? ミリオネア?」
僕「そうミリオネア! 問題言うよ!」
姉「ええよ!」
父「ミリオネアか」
僕「今、僕のチンチンはどんな状態ですか。A:ずるむけ」
姉「ミリオネア?」
母「ずるむけ?」
父「ゆういち、これはミリオネアじゃないな」
僕「いいから。殺されちゃうから! メモできるならメモして! B:どちらかといえばむけている」
母「殺されるってなによ。ちょっと!」
姉「Aずるむけ。Bどちらかといえばむけている……」
僕「C:どちらかといえばかぶっている。D:完全にかぶっている」
姉「Cどちらかといえばかぶっている。D完全にかぶっている」
父「チンポコの話か」
僕「僕のチンチンは今どんな状態ですか!」
母「どうかしら」
父「難問だな。そして良問だな」
母「やっぱりずるむけかしら」
姉「どちらかといえばかぶっている」
父「デリケートな話、乾き具合とかにだいぶ左右されるからな」
母「ずるむけにしましょうよ」
姉「どちらかといえばかぶっている」
父「長時間うつぶせでマンガを読んでたりしたならもう終わりだぞゆういち……」
母「ねえお父さん、ずるむけで」
父「お前は黙ってろ!!」
姉「どちらかといえばかぶっているやって」


 回線は切れた。
「はいなるほど」とマチャアキ
 僕は「逆に難しくなったな〜」と言いながら卓球台の下で腕を組んだ。
 ほどなく知らない人もテレフォンを使い、両親、姉、祖父まで出てきて話し合った。祖父は痴呆症で、姉はモデルのような美人だった。
「きれいな姉ちゃんだな〜〜〜」
 マチャアキがいやらしい笑顔で知らない人を見る。
「読者モデル」
「え?」
「読者モデル。うちの姉さん」
「へ〜〜〜道理でな〜〜〜、いや、でもわかる」
「そうなんですよ」
 マチャアキは僕をチラリと見た。
「まあ、それに比べて君の姉ちゃんは……なんで君の姉ちゃんちょっと関西弁だったの?」
「さあ……」僕は言った。
「ふぅ〜ん」
 僕はマチャアキから目をそらし前を見た。知らない人もネットの向こうからこっちを見ている。その目! 同じ境遇に立たされ、苦難を共にしようとしている仲間に向けるには、あまりにも哀れみと誇りに満ちた目!
 僕のはらわたは一瞬にして焼きギョウザのラストのように煮えくりかえり、思いきり唾を飛ばした。白いかたまりがネットを越え、奴の顔の横に落ちた。
「うわっ、きたない」
「やめろやめろ! そういうのは……やめろやめろ!!」
 マチャアキはステッキで僕の首を横から軽く突いた。汁男優たちが少しざわついても、僕は大きな声で言った。
「ボケジジイ早く死ね!!」
「こらこらこらこら! おじいちゃんの悪口は!!」とマチャアキも僕の頭をステッキでたたく。
「気立てがいい!」
「君の姉ちゃんね、わかったわかった!! やめろやめろ!!」
 その場はそれでおさまった。でも僕は絶対に許さない。うちの姉ちゃんをバカにする奴は絶対に許さないぞ。
「それでは、ケンカになっちゃったし、答えてもらって正解発表いこうかな」
「どちらかといえばかぶっている!!」
 僕は唾を飛ばして叫んだ。
「なんだと?」
「どちらかといえばかぶっている〜〜〜〜〜!!」
 マチャアキは満足そうにうなずいた。
「私のステッキの先端はキャメラになっている」
 指をパチンと鳴らすと、モニターにステッキ先端からの床の映像が映し出された。
「ここに君のポコチ丸が見えた瞬間、正解が出る。その時、汁男優たちの興奮も最高潮に達する。罰ゲームが執行される」
「よく考えられている……」
「ではいくよ。潔くM字開脚してもらおう」
「よろしくやってくれい!」 
 僕は元気いっぱい、骨組みにつかまり、足をM字どころか真っ直ぐ横に広げて浮き上がった。
 そして上を向き目を閉じる。天井いっぱいにいつもの何か決めつける姉ちゃんのゆがんだブサイク顔が見えた。これはビッキーズをこきおろしている顔だから大丈夫だ。