六郎

 六郎はついてない。そしてダメだった。
 今、六郎は5年2組の真ん中のところに席を構え、食い入るように前方を見つめている。学級委員長と副学級委員長による開票・集計作業がまさに行われているところなのだ。
 最近、六郎はやなことがいっぱいあった。気まぐれに通った神社で犬に至近距離で吠えられたし、家にあったオーザックは粉々、体操服はまた置き忘れるし、住んでいるマンションの一階にあるローソンがつぶれた。ローソンがつぶれた夜、神のお告げを聞いた。
「今週いいことあるよ」
 それは今日なんだ、今なんだ、この人気者投票なんだと、六郎は思っていた。
 六郎は、大きな動きで教室を見回した。今週も君たちにはたくさんキモいと言われたからな、と回想した。
 ランキングで上位に入って見返してやるんだ。そう思っている間にも、いっぱい消しゴムのちぎりカスが飛んできた。お調子者のノリヤスに至っては、わざわざ給食でとっておいたあげパンのくずを投げている。
 厚子先生をチラリと見るが、開票を手伝っていて気付く様子はない。まあいい、メスブタが、と六郎は思った。
 今に見てろ。くそノリヤスめ。甘い。今に見てろ。おいしい。なんてあげパンはおいしいんだ。
 食っていた。いやしい六郎は、一瞬で獲物を捉えるチョウチンアンコウの速さであげパンの欠片を食っていた。投げ損じて手前に落ちそうなものもあごを床すれすれまで落としてすくいあげるように食っていた。だからおもしろくて投げるのだ。
 口をモグモグ動かして、ふざけやがってと腹を立てながら、六郎は不機嫌そうに前を向いた。
「先生、平岡くんがあげパン食べてます!」
 ノリヤスの声が背後から聞こえた。
 六郎の毛穴という毛穴が開き、いらいら盛り上がる憎悪の念が心の中でTシャツを引き裂く音が聞こえた。
「平岡くん!」
 厚子先生は六郎のところまで首を振りかえりきりもせず、それだけ言って終わらせた。
 イマニミテイロ、イマニミテイロ。こんなこと言いながら、神のお告げを信じる今日の六郎にはいつもより余裕があった。自分には神様が付いている。
「ヒヒッ」六郎は不気味に笑った。
「平岡くん!」
 六郎は下を向いて先生を殺しそうな目つきで睨みつけたが、先生は六郎を見ていなかった。
「集計結果が出ました!」
 学級委員長の須永くんが大きな声をあげて、紙を振り上げた。教室は少しヒューヒューしたあと、一瞬にして発表を待つ雰囲気に包まれた。学級会の時間は限られている。
 六郎はいつもなら最初のビリの方の発表でドキドキしてしまう。どうせ呼ばれないと周囲を呪っている。しかし、ほんとに今日はどうだ。ここまできても期待と予感はポジティヴに躍動していた。
 俺が一位だ俺が一位だ俺が一位だノリヤスはビリだ糞だ死ねだ。俺が一位だ一位だ一位だ一位だ。俺は神だ。
「まずは1票獲得の第6位から。一人います」
 学級委員長はサラリと前置きし、少しだけ間をおいてから言った。
「……島津ノリヤスくん!」
 その名を聞いた瞬間、六郎は椅子に立ち上がった。そしてノリヤスを指さし、力の限り叫んだ。
「たった一票……ざまあ味噌漬け!」
 誰も何も言わず、唖然としていた。学級委員長でさえ、ポカンとした口をあけている。
 黒板には、大きく『破れた靴下を履いていそうな人』と書いてあった。
 六郎には、下位の方がいいというランキングが存在するということがわからなかった。出川哲朗って結構モテるんだな、と思っていた。だからこのあと31票を獲得して第一位になった時、机の上で膝立ちし、体をのけぞらせて勝利の雄たけびを上げた。誰も言ってあげなかった。