博士とぼくの社会勉強「治安の悪化は本当か」


博士
「ユキオくん、こんにちは。性病の調子はどうかな? 今日は治安の悪化について考えてみよう」


ユキオ
「ありがとう博士。治療は順調に進んでいるよ。膿も減ってきた」


博士(不愉快そうな顔をしてから)
「ところでユキオくんは、『割れ窓理論』って知ってるかな」


ユキオ
「うん、知っているよ。通りに面した建物の窓やとめてある車の窓を一枚でも割ったまま放置していると、その地域が監視の行き届いていないものと判断され、まず他の窓が全て割られ、さらには軽犯罪が頻発するなどして治安と環境が悪化する。そして挙句の果てにはより殺人など大きな犯罪も起こるようになってしまう。つまり、軽犯罪の徹底的な取り締まりが重大犯罪の防止につながるという環境犯罪学の理論だね。94年にニューヨーク市長に就任したジュリアーニが、この理論を楯にとって大々的に犯罪率の減少に取り組んで成功を収めたんだ」


博士
「知っていたのか」


ユキオ
「うん」


博士
「そうか」


ユキオ
「……」


博士
「……」


ユキオ
「博士。博士は、教え方と話し方が下手すぎるよ。前々から言おうと思っていたんだ。こういう時、まして子供相手に、いきなり『割れ窓理論』の話なんかしちゃいけない。身近な話の具体例を話すことで『割れ窓理論』の話にもっていかないと、食いついてもらえないよ」


博士
「そういうもんかね」


ユキオ
「そういうもんかねじゃないよ。それで博士、割れ窓理論がどうしたの」


博士(不服な顔)
「いや、それはもういいんだ。ただ本で読んだからね」


ユキオ
「その知識だけの話をしにきたの」


博士(ポケットから折りたたんだA4用紙を一枚取りだす)
「それは違う。ここに、別の、関係ないデータがある」


ユキオ
「(資料少なっ)」


博士
「……なんだいその目は。………今日はもうやめようか」


ユキオ
「つ、つづけてよ。博士、教えてよ! 」


博士
「じゃあ、誓うんだ」


ユキオ
「え?」


博士
「ユキオくん、私を侮辱するな。今のような目を、二度としないと誓うんだ」


ユキオ
「……」


博士
「さあ」


ユキオ
「ち…誓うよ」


博士
「……」


ユキオ
「……」


博士
「ありがとう」


ユキオ
「(間 あけんなっ!)」


ミチコ
「二人とも、何をしてるの?」


ユキオ
「え…あっ、ミチコちゃん。今、博士と勉強していたんだ」


ミチコ
「そうなの? なんだか楽しそうね。私にも聞かせて。あ、でも途中から聞いたんじゃ難しくてわからないかしら」


ユキオ
「それは……」


博士
「……そこに座りなさい、ミチコくん。なにも心配いらない。どうせどっから聞こうと同じなんだ。私の話はね、どっから聞こうと同じなんだよ。だらしなく曲がった金太郎飴みたいなもんなんだとさ。小便味の。そういう悪口を言う奴がいるんだ」


ユキオ
「(コイツ……!)」


ミチコ
「そんな言い方ひどいわ。おしっこの味なんて、誰が言ってるの。私はそんなことないと思うわ。だから、話を続けて」


博士
「ミチコくんは、『割れ窓理論』って言葉を知ってるかな」


ミチコ
「ええ、それぐらいは……」


博士
「そうか」


ミチコ
「それがどうしたの?」


ユキオ
「……」


博士
「なんでもない。さて、ここに一つの興味深いデータがある」


ミチコ(ユキオに向かって)
「ねえ、割れ窓理論はいいの?」


ユキオ
「いいんだよ、ミチコちゃん」


博士
「さあ、ほら、しゃべるよ。いいかい。これは2006年に全国を対象に行われた調査だ。『2年前と比べ自分が住んでいる地域で犯罪が増えていると思うか』という質問に対して、増えていると答えた人は27・0%(とても増えた3・8%、やや増えた23・2%)だった。ところが、『日本全体で犯罪が増えていると思うか』という質問には、増えていると答えた人は90・6%(とても増えた49・8%、やや増えた40・8%)にのぼったんだ」


ミチコ(突然立ち上がる)
「え、ええ〜〜!? じゃあ、日本人は得手勝手に自分の周りだけ特別安全だと思いながらも、ニュースやなにかを見て世間に鼻をつまんでいるっていうこと!? しかも、それに対して、なんの矛盾も感じずに…………」


博士
「これを聞いて、君たちはどう――」


ミチコ
「死ねーーーッ! なんて頭の悪いッ、汚い猿ッ! 頭にわいたウジを口いっぱいに頬張って、腹いっぱい詰まらせて、死ねばいいッ! 堕落した日本人どもが!」


ユキオ
「ミ、ミチコちゃん?」


ミチコ
「他人を見下しッ、自己を正当化しッ、のうのうと生きるッ、泡立てたゲリ糞以下の連中ッ! 死ねッ、死ねッ、死ねッ死ねッ!! 死ねッッッ!!!!」


博士
「ミチコくん」


ミチコ
「ハァッ、ハァッ…ハァッ……」


博士
「私もそう思う」


ユキオ
「(ええっ!?)」