よいお年を

お母さん
「ヨシオ、調子はどう? 今日はいい知らせがあるの。なんとヨシオのために、あの人がお見舞いに来てくれたわよ!」


ヨシオ
「え!? もしかして亀井選手? 亀井選手が!?」


お母さん
「え? ん〜〜〜〜〜? 亀井?」


ヨシオ
「巨人の! 僕、ファンなんだっていつも言ってるから!」


お母さん
「亀井」


ヨシオ
「え……いいよ、もういいよ」


お母さん
「亀井」


ヨシオ
「絶対知らない奴の繰り返し方だろそれ! もういいって! 亀井選手じゃないんでしょ!」


コン、コン


お母さん
「あ、いらっしゃったわよ! さあどうかな〜。亀井かな〜?」


ヨシオ
「知らないんだろ! やめろ! 呼び捨てにすんな!」


 ここまで書いて大阪のスーパー漫才師、シャワーシーン雅は頭を抱えこんでしまった。大阪出身なのに標準語で漫才やコントをすることで師匠連から「あたらしい、あたらしい」と言われているコンビ「オール東大寺」でネタを担当している。
 いつも最後のキメのセリフから考えてネタを書いていくことで師匠連から「あたらしい、あたらしい」と絶賛されている雅だが、この書き出しから、今回セッティングした「誓ってもいい! 寺沢大介はぜったい美食家じゃねえよ!」というセリフまで話を進めていくのは、月亭一門が逆立ちしても不可能に思えた。
 こういう場合の方法論を、もちろん雅は身につけていた。最後のセリフを変更すれば、憑きものが落ちたようにネタがすらすら進むことがある。雅はネタ帳から新たな最後のセリフを引っ張ってきた。
「この触手は……兄さん!?」
 そしてまた考える。五秒後、雅の頭からモクモク煙が上がっていた。ダメだ。ノイローゼになる。落ち着け。落ち着くことでノイローゼになるんじゃない。雅はまたネタ帳のページを繰った。
「それがドスケベぬ宝」
 頭から出てくる煙はどんどん黒くなり、火災報知機がなった。サッカーの試合を見ていた芸人たちは我先にと逃げ出し始める。しかし雅は、今日あたらしいナイキの靴をはいてきて師匠連から「いくらだった? いくらだった?」と聞かれて「あたらしいちゃうんかい!」とツッコんで絶好調なので、いつもより早く逃げれるような気がしていた。いつもなら自分も逃げるタイミングだが、今日はまだねばって考え続けた。ボヤ騒ぎでは、いつまでも自分の限界を超えることはできない。火事になてまえ精神が出てきた。
「雅、ネタのことで悩んどるんか」
 あたりはもう雅印の真っ黒い煙に包まれているというのに、耳元で声がした。大師匠の、うんすじクッキリハッキリ之介師匠の声だった。誰もが知っている師匠の最後いっつも脱いだパンツを見せて舞台から客席まで走り回るネタはいつも大爆笑で、雅は一番尊敬している。
「はい師匠、実は、自分のやり方に限界を感じているんです。これを見てください。この書き出しから最後のセリフの『それがドスケベぬ宝』までどうつなげたらいいのか、見当もつきません。やはり自分のやり方は間違っているのでしょうか。普通に書け、とZAIMANの神様がおっしゃっているのでしょうか」
 師匠は紙に顔をかなり近づけてその書き出しを読み始めた。よく見ると、師匠はかなり煙を吸い込んでいるらしく、朦朧とした目つきで、口から泡が出ていた。そして直立不動で後ろ向きに倒れかかった。
「師匠!」
 体を支えた雅に、師匠は言った。
「スケベな出歯亀が見舞いに来たらええんちゃう?」
 それが師匠の最後の言葉になった。