侘びしきこと限りなし

 今は昔、奈良の女子寮に背の低い一年生がいた。あるとき、先輩の女子大生たちが、宵のつれづれを持て余して「さあ、ロケットを作りましょう」と言ったのを、この一年生は(いいなあ)と思って、うっとり期待して聞いていた。そうかと言って、手伝うのも足手まといになるばかりであるし、(完成するのを待って起きているのも、悪いだろう)と思って、部屋の片隅に寄って、寝たふりをして、ロケットができあがるのを待っていたところ、もう作業を始めた様子で、みんな集まって騒いでいる。
 一年生は、(きっと誰か先輩方のお一人が私を起こしてくださるだろう)と思って待っていると、ある先輩が、「やあやあ、一年生。起きなさい。ロケットができましたよ」と言うのを(うれしい)と思ったが、(たったの一ぺんだけで返事をすると、寝たふりして待っていたのかと先輩たちが思うかもしれない)と思って、(もう一ぺん呼ばれたら返事をしよう)とガマンして寝ているうちに、他のある先輩が「やあ、起こすんじゃないよ。一年生はすっかり寝入ってしまったんだ」と言う声がしたので、(ああ、困ったなぁ。もう一度起こして欲しいなぁ)と思ってあせながら、寝たふりをして耳をそばだてていると、ドドドドドドドという大きな音がしたので、どうしようもなくなって、「先輩、はい」と返事をして起き上がり、空を見上げると、横面に「ロマンチック」とペンキで書かれたロケットの丸い窓から、先輩たちがさも愉快そうに談笑しているのが見えて、やがて空の闇に消えていった。一年生は静まった夜更けに一人ぼっちになってしまって、朝までに先輩たちは帰ってくるであろうが、起きて待っているのも本当にみじめになるので、先ほどまで自分が寝ていた場所を手探りで見つけて、そこに横になってじっと待っていた。
(参考:宇治拾遺物語