首の据わってない最強ガンマン

 あれを見ろ。とうとうやって来た。さっき電話があったんだ。あれぞ噂のガンマンだ。
 馬上のピストル上手は、頭が取れそうなぐらい後ろにグラグラ揺れて、全然こっちをみていないのに、正確に向かってくるし、路肩へじょじょ寄せしてくる。馬の出来が違うんだ。さあ、もうすぐそこまでやって来た。
 ヒヒーン、ブルルルル。
 馬待ちをしてから、首ベイビー・キッドはそろそろいつもの台詞を言う頃だ。首据わってないけど、助けにきたぜ、と。
「助けにきたぜ、首据わってないけど」
「逆だー!」「木曜日は倒置法なんだー!」
 バキューン! バキューン!  盛り上がってるとこ悪いが、マジで危ない発砲音に全員伏せた。頬に砂利が埋まりこみ、一瞬、組体操の、倒れて待ちの時の気分になった。
 おそるおそる振り返ると、立派な馬に乗り、首の据わっているヒゲのガンマンが、ピストルを空に向け、片耳をふさいで目をギュッとつぶっていた。これも運動会に喩えられるが、それは運動会に喩えすぎではないだろうか。悪いガンマンはそのまま、目を閉じたまま高橋がなり立てる。
「貴様ら、俺たちシュラバ・ラ・バンバ一味をガン無視して大盛り上がりしゃーがって。やいやい、首ベイビー・キッド。噂はかねがね聞いてるぜ。凄腕のガンマンで、預金も凄いらしいな。口座もいくつも持っているとか。財テク、憎い、おもしろい、こっちは今日30人からそろっているけど、俺が単独で勝負だ!」
「ずいぶん大所帯だな。本気できたまえ、ピストル係くん」
 目にもとまらぬ早技で銃を抜いた首ベイビー・キッドの声もまた空に抜けた。上を向いているからだ。
「バカにしゃーがって! ピストル係はこっちの台詞だ、首ベイビーちゃんめ!」
 颯爽と馬から飛び降りようと、相手方のボスがプルプル足を震わせながら馬の上に二本足で立ち上がったところ、
「よし今だ、撃と」と言ってバキューン音がするや、ボスのピストルが空に跳ね上がり、ボスは落馬した。騎馬戦のようだ、とみな思うが黙っている。良心があるからだ。
 ピストルはそのままクルクルまわって宙を舞い、そばの楡の木の鳥の巣の中に入り、なんとなく、
「これはもうアートだ!」「反戦ロック・シンガーのアルバム・ジャケット!」「全世界!」「3000万枚」「大ヒット!」
 といった感じで、一瞬話題がそっちにいったが、しかし驚くべきはさすが首ベイビー・キッドよ。まったく標的を見ていないのに、正確にピストルを撃ちぬいた。なんて凄い山勘。前を見れないからこそ、見えてくるものがあるのだろう。ピーコが片目を失って見えてきたものがあるように。あれこそ必殺、首ベイビー乱れ撃ち一発フィニッシュ、だ。
 一方、馬から落っこちたシュラバ・ラ・バンバ一味のボスは見ていられなかった。 「……う…うぅ……うぅぅ〜〜〜〜〜ぁぁ〜 あぁ〜 ……あぁ〜……あ〜……」
 と着地時、右手首にそうとう負担をかけたらしく、跪き、左手で患部を押さえながら、目をつぶって歯を食いしばり、軽く弱く何度も首を振った。明日からのことを考えている顔だ。
「どうした? 救護係を呼ぶか? ピストル係さんよぉ」
 馬から降りた首ベイビー・キッドは、銃を向けたまま、首の据わらないまま、背後にザクザク歩み寄り、執拗に運動会に喩え続ける。
「うぅ、頼む、許してくれぇ……」
「甘い甘い! 小学校の運動会だって、早退しても作文は書くんだぜ!? とっとと立ちな、ピストル係!」
 町の人たちは、首ベイビーいい加減しつこっ、と思いながらも、おしっこをガマンし、各自持参した水筒で水分補給をしながら見物を続けた。久々に血が見たい。そんな気分だったのである。