気持ちのいい通学路はどたばたラブロマンスを生む

 私の通う中学校は、長い長い下り坂の終わりにあります。私は毎朝、この坂を下って学校へ行きます。遠く町を見下ろせば、様々な色や形をした屋根が朝の光を受けています。あの下でみんながそれぞれ暮らして、きっと私と同じように、一日の始まりを感じているのです。その景色や感じがステキだから、私は一日の中でも朝が一番好きです。でも、理由はそれだけじゃありません。
「おはよう! 遅刻するよ!」
 そんなよく通るさわやかな声が私の後ろから降ってきて、毎朝のことなのに、どうしてこうも胸が高鳴るのか、いつも不思議に思います。
 シューーーーーーー
 私が振り返るより先に、高岡君は私の横を駆け抜けていきました。パンツ一枚で、腕を前にのばして、まっすぐ地面に顔を向けたヘッドスライディングの体勢。男の子って感じ。足首にスクールバッグをひっかけて、腰にお弁当箱を乗せて、あっという間に、もう私より10mも先を滑っています。
「おはよう!」
 私は高岡君の照りのある背中に声をかけます。坂を上がりきったところのマンションに住んでいる高岡君は、4月からローションダイビング通学をしていて、サッカー部です。
「じゃ また学校で!」
「うん!」
 シューーーーーーー
 私は、高岡君が見ていなくても、笑顔で返します。でも、実際はそれだけ。私達は、通学路で声をかけあうだけのなんてことない関係です。私はそれだけでも舞い上がって、毎朝ちょっぴり遅れ気味に家を出ては、なるべくゆっくり坂を下りていたのです。高岡君がローションダイビング通学をした跡はアスファルトに弾かれて、キラキラ光を反射してヌルヌルしています。私は足首にはねた高岡君の通学用ローションを指ですくうと、それでツルツル遊びながら、そのローションの跡に沿って、少し早足になって坂を下っていきます。
 ただ、その日はいつもと違っていました。左へカーブを曲がった私の目に飛び込んできたのは、小学生の列に突っ込んで事故っている高岡君でした。路肩に向かってローションの跡が大きくうねって伸びています。何が起こったのかわかったのでしょう、倒れている子供達は思い出したように泣き始めて、高岡君は人の家の敷地にエビ反りの無理な体勢で乗り上げてピクリとも動きません。
 思えばこの時だったのです。イタズラな神様が私の恋路にローションをあるだけ撒いたのは。