個性派(中一のアイツ編)

「黒田君、ちょっと放課後 時間あるかな」
 黒田君はヨッちゃんの誘いを小耳にすると、教科書を野球部専用ショルダーバッグに一つ一つ流し込みながら、中一とは思えないほど、時間に追われているからなという顔をした。そして黒田君の帰る準備が完了するまで、この間40秒。
「帰ってリンキンパーク聴くから」
 がっかり顔をしたヨッちゃんを見ていたのかはわからなかったが、黒田君は黒板の右下を睨みつけながら付け加えた。
「帰ってリンキンパーク聴くから、30分だけな」
 右下には『日直 黒田』と書かれていた。


 黒板の下のとこを濡れ雑巾で一直線に拭き取る黒田君に併走して、ヨッちゃんは目下のお悩みを告白した。
「僕、個性派人間になりたいんだ」
「わかるよ」
 続いて、教卓にて日直日誌に書き込みを始める黒田君。さっきの雑巾は教卓の中に入れた。そういえば、黒田君の日直日誌のおもしろさは定評がある。今までの黒田君の担当ページだけボロボロである。
「僕、黒田君のような個性派で、中学校生活をウキウキしていきたいんだ」
 黒田君は3時間目の先生の名前を書く欄に『ハゲチョビン』と書きながら、「その前に」と前置きをし、ヨッちゃんに一つの問題を出した。
「個性派ってどういうことかわかるか」
 ヨッちゃんは考え始めたが、途中でホウキ女子に「邪魔」と言われてうまく考え事できなかった。なので早めにもういいやとなり、「わからないや」と言った。
 黒田君は気にする様子も無く、次は普通に野村先生としたためる。この緩急のつけ方が、NSC入学の夢を見続ける秘訣だ。
「例えば、俺の日直日誌はおもしろいな」
「うん うん」
「そういうとこが個性的なんだよな」
「うん」
「個性的なのはいいよな」
「うん うん」ヨッちゃんはさらに目を輝かせた。
「個性的なチャリは盗まれないからな」
「うん うん」
「今のは深いな」ちなみに黒田君は手元を頭と手で隠しながら日誌を書き続けている。
「え?」
「今 俺は深いことを言った。かにぱんが大好きなキャラはどうだ?」
「え? ごめん」
かにぱんばっかり食べるキャラはどうだ」
「えっ 何が? えっ?」
「個性派になりたいんだろ。それなら身の丈にあった、出来ることから始めていかないとな。高望みは禁物だ」
「う、うん」
モナ王ばっかり食べるキャラはどうだ」
「えっ かにぱんは?」
「何が」
かにぱんはどこに行ったの?」
「……」黒田君は下を向き、なおも黙ってペンを走らせている。
かにぱん
「……」
「黒田君、聞いてる? かにぱん? 黒田君!?」
 いきなり、黒田君は教卓を両手でバーンと叩いた。
「俺は帰る!」
 そしてほとんど投げ上げるようにしながら、野球部じゃないのに使っている野球部専用ショルダーバッグを乱暴に肩にかける。弁当箱の箸がチャッとささやいた。
「帰ってリンキンパークを……!」
 そう言って、黒田君は怒ったようにズンズン歩いていく。ヨッちゃんにはどうすることもできない。まだ30分経っていないのに、しかも日直なのに、なぜ黒田君は帰ってしまうのか。結局、自分はどうしたら個性派になれるのか。
かにぱんモナ王を食べればいいのー!?」
 教室の外、帰って行ってしまう黒田君の横顔に向かって、ヨッちゃんは大きな声で問いかけた。答えは返ってこなかった。机と椅子をいっぺんに運びながら、掃除の担当が立ち尽くすヨッちゃんを不思議な顔で見つめる。
 その視線にも気付かないヨッちゃんがふと見た日誌の、今まさに書き終えられた日誌の今日の出来事欄には、大きなスペースに『何もかもがくだらねえ』とだけ書かれていた。