美男子探偵スター

 美男子探偵スターは、両開きのドアの向こうから、髪の毛をかきわけながら飛び出してきた。
「皆さん、落ち着いて僕の話を聞いてください。僕の見立てでは、俊彦さんが殺された部屋はあと数分で鳩のフンまみれになってしまいます。そうなればポリスたちが来る前に状況証拠が消えてしまい、犯人の特定も困難となります。なんとかしなければなりません」
「待ちたまえ。その前に、どうして部屋が鳩のフンまみれになるのか君の意見を聞こうじゃないか」「そうよ。納得のいく説明をしてもらいたいものだわ」
 30畳はある居間に集まった干瓢巻家の人間達は、あれほどの難事件の数々をなんか体調悪いと言いながら解決してきた美男子探偵スターをまだ信用していなかった。主に髪の毛が長いという理由で。
「いいでしょう」
 美男子探偵スターは白いハットを3キログラムに調節した握力でつかみ、顔の向きと逆の方に投げ上げた。ハットは、みんなが座っているテーブルの中央、醤油やテーブルコショウ、味付け海苔の缶などが集まっている場所にかぶさった。美男子探偵スターは舞台に映える声で話し始めた。
「さっき僕が問題の部屋に行ったところ、天井の梁の上に鳩がいっぱいとまっていました。さらに、その鳩がついばんでいたのです。何をついばんでいたと思いますか。穀物です。犯人が証拠を隠滅するために穀物をまいたのは目をつぶって推理しても明らか。部屋が鳩フンまみれになるのは時間の問題です」
「鳩フンまみれだとっ!」「じゃあ一体どうしろとおっしゃるの」
「モタモタしている暇はこれっぽっちもありません。鳩の消化は悪い、急がないと手遅れになります。一生後悔しますよっ!」
「だからどうすればいいのか聞いているんじゃありませんか」「カメラも無いし、どうやって部屋の状況を保存しておくんだね」
 そう。この家のカメラ、そしてカメラではないが「カメラ?」と思うようなものは全て何者かによって叩き壊されていた。携帯電話も、トイレに行っている隙に一つ残らず壊されていた。あれほど肌身はなさず、トイレにも持っていけと口をすっぱくして言ったのに、むざむざ壊されているのだ。美男子探偵スターの携帯電話は生き残っていたが、データボックスの容量がいっぱいでこれ以上写真を保存できなかった。いくら問い詰めても「消せない設定にしてあるうえに、消せる状態の写真は絶対に消したくない消したら困る写真」「一番消したいと思っているのは僕だ」とかよくわからないことを言うばかりだった。
「やっぱり、美男子探偵スターくん。君の携帯電話の写真を消すしかないんじゃないのかね」「そうよ。だいたい、携帯で写真いっぱい撮ってる男ってなんなのかしら」「お姉さまの言うとおりよ。なんて女々しいの」「蒼未、赤身、およしなさい。でも美男子探偵スターさん、私からもお願いするわ。特にあの、人ん家の犬の写真は何枚か消してもよろしいんじゃなくって?」
「それは無茶ですが、僕に考えがあります」
「無茶?」
「ここですよ」
 そう言って美男子探偵スターは、しなやかな人差し指を微妙にカーブさせ、その先端で自分のこめかみをトントンと叩いてみせた。
「頭の中に、部屋の状況を記憶するんです。Jリーガーになる夢には少し詰めてもらうことになりますがね」
 全員、お前が今からJリーガーになるのは無理なんじゃないかと思ったが、本人が犬の写真を残したいと言っている以上、他に方法は無かった。
「僕のシミュレートでは、あの部屋の狭い入り口から中をのぞきこめるのは、どんなにうまくフォーメーションしたところで3人がギリです。この中から2人、記憶力のいい人は僕についてきてください!」
 美男子探偵スターは白いタキシードの上着を脱ぎ捨て、そして走り出そうとしたが、その前に声がかかった。
「待て、美男子探偵スターくん! 誰が記憶力のいい人間なのかどう判断するんだね!」
「なら…………そうか承久の乱承久の乱のあった年を覚えている人は僕についてきてください!」
 美男子探偵スターは、改めて上着を脱ぎ捨てる素振りをしてから走り出した。全員、駆け足でついてきた。
「ダメだ、美男子探偵スターくん! 意外と全員覚えてた! 覚えやすいんだ!」
 それから、美男子探偵スターを先頭に、走りながら会話が続く。
「なんですって!? え〜と、そうかよし、わかりました! もう全員、全員ついてきてください! おばさんに免じて!」
「でも、それじゃあっ」「入口が壊れてしまうわ!」「キメ台詞それ!?」「そして今!?」
「ハァッ、ハァッ、大丈夫です入口は壊れません。ハァッ、要は、マッチ棒を並べて、ハァッ、ハァッ、正三角形を何個か作る問題と、ハァッ、ハァッ、ハァッ、同じだったんですよっ、ハァッ、ハァッ」
「それはどういうことだね!?」「すっごい息あがってる!」「この距離で!?」
「ハァッ、ハァッ、つまり、フォーメーションとはハハァッ、紙の上に、成り立つだけでは、ハァッ、ハァッ、ハァッ、なかったんです、ゼェッ、ゼェッ」
「ゼェゼェ言い始めた探偵が!」「はハハァッ、ってなった!」
「幼稚園時代の僕が、ゼェッ、ブレーメンの音楽隊で何の動物を演じたか、ゼェッ、ゼェッ、思い出してください、ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ」
「知らねーよ何の動物かは!」
「おばさんに免じて、下の人の背中に乗ってください………くれぐれも気をつけて……」
 口から一筋の血を垂らすと、美男子探偵スターは赤い羽根を宙にばらまきながら仰向けに倒れた。