簡素な部屋ではガキンチョが
ガランとした部屋の隅の床に、ガキンチョがこっちに背を向けて座っている。背中を曲げて何かしているらしいが、この角度からは見えない。
しかし、ガキンチョの部屋にしては家具が少なすぎる。僕が彼よりもう少し年上のガキンチョだった頃、部屋はベッドと学習机と夢といまいち活用できていないラックでいっぱいだった。膝の関節がゆるくて立つことの出来ないガンプラが引き出しにバラバラで詰まっていた。
僕が部屋に入ってきても、そのガキンチョは振り向きもしなかった。大学の教室で授業を受けている時、後ろのドアが開いて誰か入ってきたり出て行ったりするたびに毎度毎度後ろを振り返る奴がいてむかついてしまうが、ガキンチョにはそういうところがまったくなかった。いや、それか、このガキンチョはガキンチョらしい集中力で、何か遊びに熱中していて、気づかないだけかもしれない。ガキンチョめ。人形遊びをしているな。まったくガキンチョらしいや。
僕はガキンチョに近づいていった。そして、肩に手を置いて言ってやった。
「キン消しを斜めに立てかけ合わせて、戦っているように見せて遊んでいるんだね?」
ガキンチョはおもむろに振り向いた。いや、振り向ききらず、あとは目だけ動かしてこっちを見た。
ガキンチョの手の中には、「大人のふりかけ」があった。床にはご飯の入ったお茶碗。ほんのり湯気がたっている。ガキンチョは、大人のふりかけの袋の端を持って振り、さらに、自分の腿に何度か振り下ろした。そして、ふりかけると、
「うまそ」
と言った。
僕はその一挙手一投足に慄然として、なんだかおしっこがしたくなってきた。
ガキンチョは大人のふりかけの袋をねじってから床に置くと、お茶碗と、その手前にあった箸も手に取った。箸は箸置きが使われて、木の黒いやつだ。漆塗りか。漆塗りなのか。
僕はそれを阻止しようと、おしっこがしたくてしたくてたまらないことではあるけれど、「おい」と言った。
ガキンチョはまたさっきと同じいやらしいやり方で僕を見た。
「ジスイズアペン」僕は言った。
「これはペンです」ガキンチョは答えた。
日本語でなんて言うか知ってる? と言う前にガキンチョが答えたので、僕の膀胱は一気に水風船のように膨らんだ。僕は無意識に激しく足踏みをし、ポケットに手を突っ込んでチンチンをローリングもみしだいた。ちなみに、それをするのに邪魔だった携帯電話は、後ろのポケットに移動させている。ぬかりなくおしっこと向き合ったのだ。
「や、やるじゃないか。ガキンチョのくせに」僕は足踏みをしながら言ってやった。「果汁をあげよう。ガキンチョは果汁が大好きだものね。酒を飲まないくせにグレープフルーツをしぼる唯一の生き物だものね」
僕はカバンから果汁の入ったペットボトルを出そうとしたが、おしっこが今にも、今にもなので、少々てこずった。僕は肩掛けカバンを使っているのだが、これまでそれを前、ちんちんの前に持ってきて、その奥で安心してこっそりちんちんをローリングもみしだいていたのだが、さらにもう一方の手でカバンの中を探らなくてはならない。僕は足踏みをして、ちんちんをもんで、カバンを探って、一人で大騒ぎになっていた。
と、何かの弾みでおしっこが少しおさまって、両手を使ってフルパワーでカバンを探れるようになった。しめた、人体の神秘だ。でも、僕はガキンチョにやるはずの果汁を家に置きっぱなしにしてきてしまったらしかった。
「果汁が、果汁が無い」僕はなおも探しながら言った。「今朝見たのに、家に忘れてきちゃった」
ガキンチョはもう振り向いてもくれなかった。
「いいですよ。ご飯と合わないし」
ガキンチョは言うと、大人のふりかけのかかったご飯を食べ始めた。
「覚えてろよ!」
僕はぶり返してきたおしっこを済まそうと、ちんちんをローリングもみしだきながら出口に向かったけれど、途中で、歩行と我慢を両立できず、完全に立ち止まって我慢に集中した。そして、よし、我慢することが出来た。少し落ち着き、どうだと思って振り返ると、ガキンチョはずっと向こうを向いてご飯を食べていたみたい。もう夜の11時なのに。