ドラゴン無茶な体勢

「なにぃ!俺のドレミファソードが効かないんですけど!」
 ト音記号みたいな形の剣がドラゴンに弾かれると、東野は派手に尻餅をつき、そのまま五十メートルほど飛ばされた。
「くっ、わかりましたよ! 奴の皮膚はカッチカチなんです!」一年の西岡がドラゴンのカッチカチのところを指さし、叫ぶ。
「本当だ。よく見たらカッチカチじゃねえか! 最初に言えってそういうことは!」南山は悔しそうに自分の太ももを殴りつけた。「カッチカチな場合の作戦ってもんがあるだろ!」
 その時、ドラゴンの尻尾の先っちょのところで締め上げられている北川が声を振り絞って叫んだ。
「ぐああああああ、しっぽもカチカチだからみんなも気をつけた方がいいよ! フットワーク、フットワーク!」
 身を持ったアドバイスを聞いて、西岡の体が震え始めた。
「まるで全身母親のかかとのところ……こいつに弱点は無いのか!」
手を出しかねていると、東野が7秒1のタイムで戻ってきた。
「東野、大丈夫か」南山が声をかける。
「ああ。パンツが焦げたけど無事だ」
 なるほどケツから煙が出ている。
「でもとにかく早くしねえと、北川がやばいぞ。カッチカチの皮膚をどうやって撃破しよう」
「パンツの焦げたにおいで思い出したんだが」東野が言った。「奴を風呂に入れるしかない」
 みんな、東野は何を言っているんだという目で東野を見た。
「東野、何を言っているんだ」思わず思ったことを言う南山。「気が触れたのか」
「どうしてパンツの焦げるにおいで風呂のことを思い出すんですか!」西岡も詰め寄る。
「パンツ、風呂の連想ゲームは各自で。風呂に入れれば、ドラゴンの肌もしっとりするんじゃないか。ていうかもう、急がないと北川が死ぬぞ。死んだらヒクぞ。もはや俺たちは、わずかな可能性に賭けるしかないんだ、そうだろ」
 確かに、北川はもうぐったりしていた。冒険ファンタジーが始まって以来、敵のしっぽの部分で締め付けられて締め付けられて死んだ人物は一人も出ていないが、北川が最初になるかも知れない。追い詰められたとはいえ、まさかドラゴンを風呂に入れるという可能性に賭けることになるとはな。
「だから西岡、お前がドラゴンをスーパー銭湯に連れて行くんだ」そっぽを向いたまま、東野は言った。
「ええっ、俺が!?」びっくりした西岡は、思わず自分の顔を指差した。「俺がドラゴンをスーパー銭湯に連れて行くなんて、荷が重すぎますよ!」
「西岡、お前しかいないんだ」
「そうだ西岡。お前こそ、伝説の普通免許の持ち主だ」南山も言う。
「別に普通ですよ」
 西岡は従うほか無かった。免許を持っていないなら、しょうがない。
「先輩達は、どうして大学四年生にもなって免許を取っていないんですか」
 ドラゴンを後部座席に押し込んでいる東野と南山は答えなかった。しっぽの巻きついている北川をそのまま助手席に乗せ、シートベルトをつけると、そのおかげで後部座席のドラゴンの体勢はかなり無茶な、ドラゴン無茶な体勢になってしまったが、仕方ないので我慢してもらうことにした。
 ドアが閉まり、「よし」と南山がつぶやき、西岡を見て深くうなずいた。出発だ。
「先輩、どうして免許を――」
 西岡は二人に睨みつけられていることに気づき、黙った。うるっせーよ。それで暮らしていけるんだから別にいいだろ。母親みたいなことを言うな。最近ガソリン高いんだろ。また安くなったのか。うるっせーよ。責めるような目が、そう言っているように見えた。しかしそこには、通うのめんどくせーし、教わったりすんのだりーんだよ、という涙がうっすら浮かんでいた。
「俺たちも、電車とバスですぐ追いかける」