オシャレワールドマックスコレクション

「パンツ。……ドルチェ・アンド・ガッバーナ、38900円」
 アナウンスが服の説明を伝える中、「パリっ子は違うな」という声が聞こえた気がした。それほどの上から下まで絶妙ときめきコーディネート。スパンコールの大盤振る舞い。ドライアイスの煙で膝から下は見えないが、革靴をはいているに違いない。ステージ中央で異様に髪の毛の長い男が一回転すると、重ね着のレイヤーの二重三重のラビリンスな感じが全部見れた。たちまちオシャレの風が吹き、世界中のオシャレの精霊たちがこの場所に集ってしまったため、渋谷でピンナップ撮影をしていた19歳専門学校生ハヤトの背中がスースーした。さっきまでヨージヤマモトの自宅のソファに寝転がって仰向けで金玉の裏をかきむしっていたあるオシャレの精霊は、世界基準の着こなしを目の当たりにし、敗北感にうちひしがれた。いくらッポン人が手先の器用さで頑張っても、ジンガイには勝てねえのかよ。ドキュメンタリー番組で、世界に認められた感じを出すので精一杯なのかよ。どうしてドキュメンタリー番組は移動中にインタビューすんだよ。暇なのかよ。金玉のヒリヒリした感じが、縮まらない世界との差に対する焦りに似ていたという。
 各国20万円の予算で街中の視線を独り占めするファッションをコーディネートし披露するオシャレワールドマックスコレクションはやはりフランスの優勝か。イタリアと色違いの国旗を持つフランスの優勝で決まりか。誰もがそう思いかけた時、
「98番、アフリカ」
 というアナウンスが響いた。
 オシャレ発展途上国、布きれを服と呼びし民、黒人の巣窟、手で歯磨きする、点決めると踊る、南北問題のきつい方、と評されるアフリカには、大陸で一つの出場権が与えられているのだ。このオシャレワールドマックスコレクション、97の国と地域とアフリカ大陸が参加するのである。それは、中規模の祭りの一角で民族系の催し物が行われている時のような悲しさがあった。
 ドライアイスの煙る、少し暗い、レーザー光線があっちゃこっちゃするステージに現れたアフリカ人に、スポットライトが向けられる。薄汚れたブリーフ一枚といういでたちだった。息をのんでいる会場全体をアフリカ人は見回した。そして、もともとむき出しの歯茎をむき出しにして、こっちに近づいてきた。
「イヤーーーーーー!」
 その姿を見て、押切もえのような人生を送ってきた女が叫び声をあげて倒れた。世界にその名をとどろかすデザイナー達は、笑いながら首を振りながら、そばのSPの袖をつかんだ。
「パンツ。……ユニセフ、寄付」
 アナウンスの声に、大きな笑いが起こった。
「20万はどうしたんだ!」
 一人のデザイナーが叫んだ。
「水だ、水を買うつもりなんだろ!」
 アメリカからきたオシャレの妖精も力の限りにでかい声を出した。
 騒ぎがおさまらず、ファッションショーの雰囲気がゼロになったため、レーザー光線が消え、会場の照明がついた。全てが露わになったため、また大きな笑いが起こり、それがおさまる頃には、ドライアイスの煙も薄れてきていた。これで全てが終わったと誰もが思った。これ以上今日は盛り上がらない。しかし、ここからまだ一発逆転のドラマが残されていたのである。
「あ、ああ! うわー!」
 次々と、そんな万国共通の驚きの声が上がった。なんとアフリカ人の足元から、子犬が現れたのである。首輪をつけており、よく見ると、緑色のリードがアフリカ人の手までのびている。そして、最後のアナウンスが流れた。
「犬。……コッカースパニエル、オス、4ヶ月、22万円」
 静かになる会場。かなりいい値段のする犬に自腹を少し切ってまで飛びついたアフリカ人は、力強くリードを握り締めて、突っ立っていた。
 すると突然、メガネをかけた若い日本人の女が感極まって立ち上がり、やる気の感じられる拍手を贈り始めた。私達には、オシャレなんかよりもっと大切なものがあるかも知れない、彼はそれを教えてくれたのね。しかし、誰もそれに続かなかった。拍手の音がむなしく響いた。オシャレの精霊たちは次々と帰国し、興ざめだとばかりに思い思いに金玉をかきむしるのだった。あのッポン人の女、しょうもないことを言いやがって。いい加減もういいんだよそういうのは。その思いは、時間を止めるAVはもうたくさんだという感じに似ていたという。