150cc

 高校生で偏差値30で不良のケンジとマユミは、深夜の田舎国道を走っていた。原付を乗り回して得た交通ルールの知識とゲーセンで鍛えたハンドリングで、コンビニと巨大パチンコ屋と消費者金融の無人契約機を次々に切り裂いていく。時々イチャイチャしてみせる余裕もあり、二つの意味で見せつけてくれる。
「ノリノリだぜ!」とケンジ。
「ケンジってホントなんでもメチャこなしちゃうよね。この前のそば打ちも職人メチャ褒めてたしケンジの作ったミニ四駆メチャ速いしケンジの作ったスワロフスキービーズ、茨城中の主婦が狙ってるし。運転だってやったことないのにこんな、メチャ上手すぎ」
「照れるだろ、よせよ。お前は最高の女。よせ」
 そこでオーディオのスイッチをONにするケンジ。盗んだ車にも関わらず、流れてくる最高のチンピラミュージック……ハンドルをつかんだ手、その指をリズミカルに動かし始めるケンジ。
「目ェを閉じィればァ、幾千のー星ィー、んふばーんー、光るお前がーいるゥー。はーじめてェーんふふにーなれたよーうォ、んふふふ、んふふ、んーふの歌ァー」
「大親友ぅ!」
 ラップ部分をマユミが歌い始め、二人の盛り上がり、縦ノリ、朝までゴーゴーの感じは最高潮へ。こうして田舎の不良の夜は、いつものように過ぎていくように思われた。
 そう、いつもならば補導のスリルをすり抜けて朝帰りするはずだった二人。その二人の姿をマッポがとらえた。
「やべえ、ポリ公だ!」
 いつの間にか後ろを追いかけていたパトカーに対し、反射的にスピードをあげた二人の車。ケンジの右足は今、ケンジの右足は今、ふんばっている。パトカーはすぐさま怪しく赤く光りながら追いかけ始める。
「メチャやばいよ。ケンジ。捕まったら……あたしゼッタイ、ゼッタイ犯されるよ!」
「そんなことには絶対にさせねえ、そんなことには絶対にさせねえ」
「ケンジ。あたしの(ピーーー)はケンジだけのものだよね」
「ああ、お前の(ピーーー)はオレの(ピーー)の特等席だ。誰にも渡しゃしねえ。あいつらの(ピーー)の好きにはゼッテーにさせねえ。オレの(ピーー)だけだ。オレの(ピーー)だけだ!」
「(ピーー)……」
 愛する女を守るため、ケンジの目はパチンコ屋でもう二回も金をおろしに行っている時のようになっていき、そしてその心は、今まさにらいおんハートの歌詞のようになっていく。
 しばらく追いかけっこが続いた。無免許にも関わらず、田舎の不良のポテンシャルの高さを存分に感じさせるケンジのドライビングテク。人類はこれほど、ゲーセンのレースゲームだけで運転がうまくなるのだろうか。
 しかし突然、今通過しようとする小さな交差点の奥にバリケードが見えた。無線で連絡を取り合って相談をする、マッポ得意の連係プレーが20m先で炸裂している。もうおしまいか、ケンジは猛スピードの中、バリケードを避けようとハンドルを切る。しかし曲がりきれずに中央分離帯の方へと突っ込んでく。
「危ない!」バリケードを組み立てた警察官までもがそう叫んだ。
「キャーーーーー!」マユミは助手席で頭を抱え込み、目をつぶった。
 ケンジの集中力はその瞬間、臨界点を超えた。目が鋭く輝き、大きな鼻がエアバッグのように飛び出し、その穴も大きくなり、口ひげが生え、全身の筋肉が膨れ上がった。すると中央分離帯にぶつかる寸前、車体が数十センチ、飛び上がった。
 ガガッ。
 そんな音がして、確かに車は中央分離帯にぶつかったはずだった。しかし、まだ走っていた。スピードも落ちていない。いやむしろ増しているのか。その不思議さに、マユミはおそるおそる顔を上げる。車は反対車線をぶっ飛ばしていた。
「ケンジ、何がどうなったの」
 ケンジは一言も喋らなかった。鼻も筋肉もヒゲも、いつの間にか帽子もかぶってほとんど別人になっているケンジを見てマユミは何も言えなかった。
 しかし、とにかく助かった。警察もさすがについてこれなかったらしい。マユミはほっとDカップの胸をなでおろした。
 その時、突然、車が派手にスピンした。
「キャーーーー!」衝撃で窓に押し付けられるマユミ。
 チャリチャリチャリチャリチャリ……。
 激しい回転の中、甲高い音とともにコインが車から沢山こぼれ落ちていくのをマユミは見た。
「せっかく集めたコインが!」なぜか反射的にマユミは叫んでいた。
 ケンジは頭を小さく横に振ったが、淡々とした表情で前だけを見つめていた。なぜか帽子は緑色だった。