ロボ山の秘密

 大人気小説家、ロボ山龍之介デラックスの家に訪れた記者とカメラマンは、どことなく火星人に似ていた。しかし、ロボ山は快く彼らを迎え入れ、水ようかんまで出した。天気とか水ようかんの話とかして場がこなれた瞬間、いきなり記者は切り込んだ。
「実は、ロボ山先生はロボなのではないですか」
 ロボ山は湯飲みを、二本の、くっつくと円になる指で持ちながら、間髪いれずに答えた。
「ちがうよ」
「先生、僕らにはわかっているんですよ。隠したって無駄です。隠したって……隠さなきゃよかったと思うのがオチです」
「隠してないよ。そんなの当てずっぽうで言われたって、こっちは困っちゃうよ。君だってこんなことされたら困るでしょ。君、火星人じゃないの」
「先生。あなたの大ベストセラー、核戦争が勃発した未来を描いた『勃発したけど修理する必要まったくなし』では、廃墟と化した地球に充満した放射能を掌から吸収し、逆に前を向いて強く生きてゆく力に変える小説家ロボが主人公です。これは先生自身がモデルなのではないか。先生は未来人なのではないか」
「どっち? ロボか未来人かどっち」
「先生はロボなのではないか」
「私はロボじゃないよ。あの主人公のキャラクターは、ドラゴンボールを読んでいて、人造人間19号から思いついただけだよ」
「19号というよりは、人造人間20号ではないのですか」
 ロボ山の動きが止まり、頭頂部から張り出したアンテナが突如、クルクルクルクルと回転を始めた。
「僕のリサーチによりますと、久保山龍之介という小説家がかつて存在しました。彼は、ビートルズが来日した日に80歳で事故死したことになっていますが、遺体は見つかっておりません。その日付が、先生の誕生日と合致するのですよ」
 ロボ山の目は、色々な記号がガシャンガシャンと下へ下へとパチスロ状態でめまぐるしく変わった。たびたび「$」が登場した。あってもいいが、多すぎだ。そして、最終的に、「3」の、眠たいのび太のマークで止まった。とぼけようという魂胆なのか。
「先生は、ドクターゲロ状態で自らを改造しまくり、ロボ山龍之介として生まれ変わったのではないですか」
「してないよ。そんなことできないよ。あれはマンガだよ。だいたい、私の誕生日なんて、あれ嘘だからね。嘘んこの誕生日で合ったってしょうがないよ」
「しらばっくれないでください」
 記者は水ようかんを自分が座っていたソファの肘掛に置くと、テーブルの上へと飛び乗り、間を置かずにロボ山へと飛び掛った。そして、そのままロボ山をソファの上へ横倒しにし、筒状の体の裏、短い、ジィジィ言いながら空転している足の横の筒の縁を見た。
「製造年月日は……」
 記者が言い、カメラマンがカメラを構えた。
 その時、ロボ山の胸にある、さっきまでは心電図のような線が波打っていた小さな画面に『SOS』の赤い文字が点滅した。同時に、火災ベルのような音が、それほど大きくない音だが、どこからか、ロボ山のケツのあたりから聞こえだした。空洞になっているらしく、響くような音だった。
「1966年6月29日」
 記者が読み上げ、フラッシュがたかれた時、ロボ山の足の空転はとまった。
「ロボ山先生、これは、ビートルズが来日した日ですよ。これでもまだシラを切りますか」
 ロボ山はまた目の中の模様をガシャンガシャンいわせながら、やがて、物憂げな目のところで止めた。
「いつからだ。いつから気づいたんだい」
「初めに疑いを持ったのは、先生が、篠山紀信に『俺はロボは撮らない』と言われた時です。それから少しして、ダンス大会の審査員をした際、先生はロボットダンスをした学生につっかかった、感じ悪かった。あそこで、疑いを深めました」
「ロボットダンスをする高校生は調子に乗ってるんだ。かっこつけてるんだ。あとは、タップを習う大学生も……」
「しかし先生。先生がいらだったのは、先生の深層心理がロボットダンスをされることをいやがったからだったんですよ。しかも、それは先生の動きよりずっと滑らかな動きだった。だから先生は、我慢できなかったんです」
「そうだったのか……そんなこともわからないようじゃ、小説家失格だな」
「他にもありますよ。先生は健康保険に加入していない。さらに、小説家なのに『ロボッツ』で号泣していた。そして……夜な夜な他人の車からガソリンを盗んでいる」
「もう、わかったよ。私の負けだ。私は、ロボだ。ガソリンの価格が高騰しているんだ。ハイオクを入れると凄く調子が良いんだ」
 しばらく、とても静かになった。
「どうして先生は、ロボになってまで生き延びようとしたのですか」
 カメラマンが初めて口を開いた。
 すると、ロボ山は目を閉じたようなUの字型の目になった。記者とカメラマンは顔を見合わせたが、少しして、胸の画面に何やら映像が映し出された。
 何かロボ山誕生にまつわる重大な映像かと思ったが、それは、明らかに今やっているニュース番組の映像だった。日本テレビが極秘テープを入手したという話題だったのでちょっと何か関係あるようにも思えたが、なんか相撲の話をしていた。画質悪かった。
 ロボ山はさっきとなんら変わらず目を閉じたマークを表示させていたが、その顔は「テレビも見れるんだよ」と言っているようにも見えた。しばらく見ていると、だんだん雑音がまじり、関東地方の明日の天気がまったくわからなくなり、とうとう完全に砂嵐になった瞬間、突然、画面が真っ暗になった。二目盛り分ほど動いた目のマークが、「$」とハートマークの中途半端な位置で止まり、ロボ山龍之介デラックスは死んだ。