今日はまあ、こういう気分なのな

 季節はずれの硫化水素をキメこんだ僕は薄れゆくゆく意識の中で、小さい頃の憧れの女の子と話していた。
「僕は、君の事好きだったんだよ」
「……」
「ほんとに、好きだったんだよ」
「……」
「同窓会とか、そういうのがあれば会いたいなあって思ってたの」
「……」
 何も答えてくれないのでおかしいと思ったら、それはいつの間にか、でも僕がさっきから話しかけている時から、お母さんだった。
「お母さんに言ったんじゃないよ」
「……」
「お母さんだったら、だって僕、同窓会とか言うはずないじゃん」
「……」
「恥ずかしいけど、お母さん。僕は今、小さい頃に好きだった女の子に向かって話してたんだよ」
「……」
「ホントだよ」
「……」
 違った。知らないおじさんだった。僕はずっと知らないおじさんに話しかけていたんだった。
「ごめんなさい。僕、動揺してしまって……」
「……」
「でも、その子のこと、ホントに好きだったんです」
「……」
「おじさんも、そういう気持ちになったことが?」
「……」
「きっとありますよね」
「……」
「ないんですか?」
「……」
 僕の顔はどんどん知らないおじさんに近づいてきた。
「恥ずかしいんですか?」
「……」
「昔の話をするのが?」
「……」
「それとも、恋愛の話が?」
「……」
 最初からずっと、もうどれほど話したかわからないほど話しかけているというのに、知らないおじさんは何一つ喋らないのだ。
「どうして何も答えないの?」
「……」
「恥ずかしいとか、そんなんじゃないよ」
「……」
「好きだった子はいたし、好きだった気持ちもあるよ」
「……」
「それに、わからないけど、今も……好き? そんな感じ。でも、そんなの言ったところで、もうしょうがないじゃないか」
「……」
「聞いてる?」
「……」
 僕はずっとその青年に話しかけていたはずなのに、22歳にもなってその青年は全然人の話を聞いてくれないので、僕はどんどん緑色になっていく自分の体を見ながらひどくがっかりして、ため息をついた。そのため息を、僕は耳元で聞いたのだ。