ポーター・ポーター・森泉デザイン

「なんでトートバッグでくるんだよ!」
 メールを頼りに集合場所に来て初めて会うパーティーの格好を見た途端、遊び人が叫んだ。勇者と戦士が、トートバッグを肩からさげていたのである。紅一点の女僧侶は、物がまったく入らなさそうな森泉デザイン、THE GINZAのバッグを肩にかけていた。この瞬間に遊び人は、おふざけでみんなを和ませるひょうきんなボクチンに別れを告げ、ギャグマンガでいえば一番よく喋るポジションへと変貌をとげたのである。
「大冒険って言ってたじゃないか!」遊び人が勇者のトートバッグをつかんで言った。「魔王を倒すんだろ!」
「ちょ……止めてよ。僕の……に、触らないで……」勇者が口ごもって体をひねった。
「バッグぐらい自分の気に入ってるのを持ってきてもいいだろ」これもトートバッグをさげた戦士が遊び人の肩をつかんだ。「そういう楽しみがなくなったらおしまいだろ」
「それに、勇者のトートはいいやつなのよ」僧侶もやや離れたところから言った。
「うん、ポーターのやつなんだ。吉田カバンだよ」勇者は少し微笑んで、ロゴが入った部分をみんなに見せた。
「ブランドがどうこうじゃなくて、戦いにくいって言ってるんだボクは。どうしてボクみたいに、リュックサックで来ないんだ」遊び人は後ろを向いてリュックサックを見せた。
「そんなの、ピエロルックのお前に言われたくないだろ。なんだその格好は。ふざけてるんだな。どっからどう見てもふざけてるだろ」戦士は遊び人の首のビラビラのところをつまんで揺すぶった。「このビラビラが何の役に立つのか言ってみろっ!」
「それはっ……そういう職業だから……」
「そういう職業なら何したっていいのか!」戦士は遊び人の顔に手を伸ばし、口に指をねじこんで前歯をつまんだ。
「や、止めろっ。前歯を……!」
 ピエロは思わず顔を背けて手で払い、その勢いで崩れ落ち、尻餅をついてしまった。前歯の先に違和感が残っていた。少し揺らされたような感じもした。まさか、歯医者さん以外の人に前歯をつままれて少し揺らされてしまうとは、今朝、まさにその前歯の間に歯間ブラシをズコズコ差し込んでいた時は夢にも思わなかったのである。
「前歯をつまむのは……」
 遊び人は、昨日雨だった地べたにお尻をついてしまったり逆ギレされたり自分が情けなかったり色々なことがあって、なんだかひどく落ち込んでしまった。気を取り直してゆっくり立ち上がろうという時、僧侶が喋り始めた。
「ていうか、たかがカバンのことでごちゃごちゃ言わなくたっていいじゃない。大体、遊び人のくせにそんなところで神経質になって……」僧侶はそこで、細いタバコに、カバーのつけられたライターで火をつけた。「笑えないわよ。あなたのそんな一面見たら、もう笑えない。あなたのギャグじゃ、一生ね」煙を口から漏らしながら吐き捨てた。
「それに、僕のトートバッグは生地もしっかりしてるし、心配しないでも大丈夫だよ。なんせポーターなんだよ」勇者は斜めを向いて、ロゴを見せるように立った。
「なんせ、じゃないよ。だからそういう問題じゃなくて、そんな脇をしめた状態で敵が出てきた時、咄嗟に対応できるのかって言いたいんだボクは」
「勇者のことをなで肩だって言いたいのか! なで肩だから、脇をしめておかないとトートバッグがすぐずり落ちるって言いたいんだな!」戦士が、まだ出発すらしていないとはとても思えないほどの大声で叫んだ。
 確かに、それもあった。勇者はしきりに、腕の方にポソッと落ちてくるトートバッグを何度も何度も肩にかけ直していたというか乗せ直していた。相撲をしたならきっと痛々しく見える体型をしている。
「そう、それもあるよ。そんなになで肩なら、他の形したカバンにした方が情けなくうつらないと思うよ」
「勇者が情けないだと!」戦士が詰め寄った。「勇者だぞ!」
「情けないだろ! こんな体して。ボクはもう心配で心配でたまらないよ! 勇者だけじゃない、絶対すぐ死ぬよこんなパーティー。全員バッグを肩にかけて、なんなんだよ。どこ行くんだよ。動けないし、あんまり物入らないし、最悪だよ。僧侶もとんだアバズレだし」
 僧侶は黙ってタバコを吸っていた。
「待ってよ。でも、ほら、ポーターのだよ」勇者が今度はトートバッグを肩から外して近寄ってきた。
「だからポーターポーターうるさいよさっきから!」遊び人は興奮して、口から沢山唾を飛ばしながらまくしたてた。「関係ないだろ! 大体なに、そんなにポーターが凄いと思ってるの? ポーターなんて、高校生が最初に買うブランドなんだよ。半分以上ポーターのサイフなんだよ、マジックテープザッザザッザさせて、チェーンつけてさ。そんなカバン自慢してんじゃねえよ! ポーターポーターって、それしかブランド知らないんだろ!」
 触れてはいけないところに触れてしまった。その時魔王は自分の部屋にストーブを運んでいたところだったのにも関わらず、邪悪な暗黒の雰囲気が町を覆い尽くした。誰もが黙りこんだ。戦士は遊び人を睨みつけた。勇者は大事なポーターを胸に抱きしめて、少し泣きそうな顔で、遊び人を力をこめて見上げた。背も低かった。
「……ポール・スミス」勇者は秘められし力を解放して、知っているブランド名を言った。
 本当になんだかかわいそうので、それ以上責められなくなって、遊び人は目を逸らした。
「とにかく、みんな、戦士も僧侶も、カバンをもっと……冒険向きのにするべきだと思うよ。それを言ってるんだ、ボクは。ブランドとかは……全然ポーターでもいいし」
「そうだよヒロシ」戦士が勇者の肩に手を乗せて言った。「あのポーターのお店でさ、リュックもあったもんな。お前、そっちにしようかな、って言ってたもんな。迷ってたもんな。ヒロシ、兄ちゃんがトートバッグにしたからお前もそうして、悪かったな、ごめんな。あのリュック、あれ買って、あれ持ってこうな。お前が目つけたあのリュック、ほんとかっこいいもんな」
 ここに来て戦士と勇者が兄弟であることが発覚したが、遊び人はあまり驚かなかった。大体、勇者は学校指定みたいなジャージを着ていたし、戦士と同じリストバンドを右手首の同じところにつけていたのである。
「お姉ちゃんもそう思うよ、ヒロシ」僧侶がタバコを持った手を背中の後ろにまわして隠しながら、勇者の前にしゃがみこんだ。「あれ、かっこよかったし。普段も使えそうだし」
 勇者は家族のあたたかみに触れてとうとう泣き出してしまった。遊び人は少し離れてその様子を見ながら、まさかこいつらパーティーを兄弟でかためてくるとは、どんどん気まずくなっていった。
「ウッ、ウッ……GAP」勇者がしゃくりあげながら言った。
「そうだな、お前、ブランドいっぱい知ってるもんな。まだまだ言えるもんな。溢れ出てくるもんな。その調子で、魔王を倒してやろうぜ」戦士がにぎりこぶしを作って見せた。
「うん……僕……僕……ユニクロ……」
「ねえヒロシ」僧侶はしゃがみこんだまま首を傾け、勇者の顔をのぞきこんだ。「こんなことで泣いてちゃダメなんだよ。これから、もっと辛いことだって、もっともっと沢山あるんだよ。お兄ちゃんやお姉ちゃんだって、死んじゃったりするかも知れないんだよ?」
「そんなの……いやだ……」
「そう、そうだね。自分を守るために泣いたりしたら、情けないよ。もっと強くて優しい男にならなくちゃ。ヒロシは勇者でしょ?」僧侶が涙で濡れた勇者の頬に手をやった。
「うん、ぼく……」
「ヒロシが強くて優しい勇者になるために何か辛いことがあるんだったら、お姉ちゃんが守ってあげる。でも、いつかはヒロシがお姉ちゃんや、世界の人を守るのよ。きっとそうなるの。わかったら、もう泣かない。ね?」
「うぐっ……うん、うん……」勇者は手に握りこんだジャージの袖で涙をぬぐいながら、何度も返事をした。
「じゃあ、ご飯食べに行こっか?」
「……うん」
 そして四人は町のファミレスへと向かった。遊び人も、意外な一面を見せた女僧侶のことがなんだか気になり始めたので、冒険の扉は心のカギによって今こそ開かれ、魔王を倒す恋の旅路は続き、出会ったり別れたり繰り返したり、自分にしか操れない武器と謎の地図の狭間でモンスターが仲間になったりした時には水門が開き、いつか永遠なる平和が世界におとずれたら、伝説のドラゴンの助手席に君を乗せ、エンディングでウエディング、エンディングで君とウエディングだ!