ボス

 その人が部屋に入ってきたので、部屋の中にいる全ての怖そうなおじさん達が頭を下げた。とすると、この人はもう相当えらい。ボスだ。就職するにしても、これぐらい偉くなれたら御の字だと思う。でも、この人は悪いことをやってここまで偉くなってきて俺達には想像もつかない苦労も沢山あっただろうから、そんなことを簡単に言うのは失礼というものだ。ボスだ。
「ボス、こいつ全然吐かないんです」「しぶとい野郎です」怖そうなおじさん達は手で汗をぬぐいながら言った。
「俺はリンカーン面白いと思うよ」ボスが答えた。
「もしかしたら、本当にあの忠犬の居場所を知らないのかも知れません」
「ああいうもんだと思うよ」
「そうですね」
 いつの間にかリンカーンの話になってしまったが、怖いおじさん達はボスのことを尊敬していたし、そこには何か深い考えがあってのことだろうと思い、そう言った。
 それから、ボスは椅子に縛り付けられている痩せた男の近くまで来ると、いきなりお釈迦様の刺青がほってあるお腹をパンチした。ボスはここまで非常にゆったりとした、メジャーリーグの太った外野のような動きを見せていたし、なんとなくそういうイメージでもなさそうだったので、男は腹筋をリラックスさせていた。だから、ちょい悶絶した。
ピクサーってジブリみたいなもん?」ボスは怖そうなおじさん達の方を振り向いた。
 その顔は、トトロやシュレック関連の話をしているとは思えないほど静かな迫力があったので、怖そうなおじさん達はボスが怒っているのだと思った。ボスが怒ったら大変だ。ボスが怒ったら大変だったことしか覚えてない。早く吐かさなければいけない。
「そうです」「大体一緒です」
 怖そうなおじさん達はボスに返事をしてから、お互い顔を見合せてうなずいた。
「これだけは止めておこうと思ったんですが」と一人が言い、そこの野原で摘んできたタンポポの綿毛を取り出した。そして、他の者が寄ってたかって男の口を開けた状態に固定した。タンポポの綿毛が口に突っ込まれた。
「この状態で、こいつのお腹をパンチすると、こいつはタンポポの綿毛をいっぱい吸い込むことになります」
 ボスはじっとその様子を見つめていた。色々と準備が済み、後は仕上げにお腹をパンチすれば、タンポポが、タンポポが、というところまできた。ちょっと変な間があいて、ついに一人が振りかぶった時、ボスが「ちょっと」と言った。みんなそっちを振り返った。
「相手が不戦勝で勝ち上がってきてたら不気味だよね」
 ボスは手を前に出して、追いすがるような、情けない表情をしていた。タンポポがゆっくりと取り外された。そうだよ、これはやりすぎだ。