ウンコ見の美人三姉妹

 夕方、太陽の紫外線が弱まった頃になると、私たちはナイキのCMに出演する女性が着ているナイキのウインドブレーカーに着替えて、町へと出て行きます。
 一番上の一加姉さんを先頭に、そして二番目の二園姉さんと私が横並びになって続きます。これが道ばたのウンコを最も見落とさずに発見できる陣形だということに気付いたのは、私が小さい頃に亡くなった曾祖母だと聞いています。
 今日もまた、早速、目はしの利く一加姉さんが声をあげました。
「みんな、ほら」
 一加姉さんのすずしげな目元。その視線をたどると、電信柱の根もとに犬のウンコがありました。私達は、陣形を崩さずにスピードも変えずに近づいていきました。そこで慌ててしまうと、他のウンコを見逃すことになりかねないのです。「遠糞(とおぐそ)いそぎの近糞(ちかぐそ)踏み」という諺の通りです。
 それでも、はやる気持ちは抑えきれず、姉さん達が早足になっているのがわかりました。私も遅れないようついていきました。
 私達はウンコを取り囲むようにして、電信柱の周りに立ちました。そして、じっくり見つめました。それはやはりウンコでした。犬でしょうか。
「姉さん」私は一加姉さんに向かって言いました。
「ええ」一加姉さんはウンコから目を離さずに言いました。「そうね」
 しばらく見てから、誰とも言わずにまたフォーメーションを組んで歩き始めました。私達は、無駄話をせず黙々と歩きます。しばらくウンコも何も無く、歩道の無い道にさしかかった時、後ろから車がやってきました。
「姉さん、後ろから車が来ているわ」二園姉さんが一加姉さんに声をかけました。
「あらいやだ」
 一加姉さんは振り返って車を確かめましたが、その振り返る途中で、姉さんは美しい二度見をしました。そして、その一点に釘付けとなったのです。私がそちらを振り向くと、道の反対側に面している民家の花壇、そのレンガの上にありました。ぽってりとしたウンコがありました。
「オーケーよ」二園姉さんも、すぐに気付いて言いました。「気をつけて」
 私達は車をやり過ごすと道路を足早に渡りました。もうほとんど走っていました。そして、ウンコを取り囲みました。顔の前におりてくる一筋の髪を手でかきわけて耳の後ろに送りながら、ウンコを見下ろしました。それはどう見てもウンコでした。断然ウンコでした。
「姉さん」私は、今度は二園姉さんに向かって言いました。
 二園姉さんは何も言わず、黙っていてと言うようにちょっと首を振りました。何人もの男性を虜にしてきた大きな瞳でウンコを見つめたままです。私は反省して姉さんたちにわからないよう太ももをつねりました。
 しばらくして、私達はまた歩き出しました。私にはわからないのですが、二園姉さんが腕時計のボタンを何度か押して確認しています。ある空き地までやって来ました。ここは、近所の猫のたまり場で、ということは……なのです。ウンコだらけなのです。ここでばかりは、私達もピリピリせず、目くじらをたてずに落ち着いた気分になって、陣形も崩して、三人並んで回遊します。あのウンコ、そのウンコと目をやりながら、水族館にいるようにゆっくりと歩いていきます。姉さんたちの顔にもほほえみが浮かんで、私はとても幸せな気分になります。
 すると、一際大きい興味を引かれるものがあり、それを最初に見つけた二園姉さんが立ち止まって、じっと見つめ始めました。それから、私もそれにならって見つめ、少し離れた道を先に行っていた一加姉さんも戻ってきて見つめました。しばらく、三人でじっとそのでかいウンコを見続けました。私は、これはウンコだと思いました。それもそのはず、それはウンコなのです。まちがいないのです。私たちが見つめることで、どんどん、ウンコらしくなるような気もします。でも、ふっと、それが何なのか分からなくなるときもあります。
 だから私は、また姉さん達に声をかけそうになりました。でも、いけないと思い、黙ってウンコを見ていました。こうしていれば、毎日姉さん達と一緒にウンコを見つめていれば、姉さん達がウンコを見つめながら何を考えているのか、いつかきっと私にもわかる日が来るはずだからです。姉さん達のウンコを見つめる目といったら真剣そのもので、私はとてもうらやましく思います。