馬に引きずられる

 気付くと、僕は馬にロープで引きずられていた。びっくりした。首から下に凄い衝撃がきていた。ずっときていたのだ。砂埃がまた凄い。自然と薄目になっていたけど、数メートル先は何も見えなかった。僕は必死でロープにつかまった。顔をちょっと上げると、馬の尻がかろうじて見えた。かろうじて馬の尻が見える状況だった。尻尾の毛が揺れて、チラチラ糞が出る場所がかろうじて見えた。僕は、糞が出たらこれは考えないといけないな、と思いながらも、頑張ってロープにつかまっていた。ところが、急に馬が曲がったので、僕は外に放り出されるようにされて、ロープから手を離してしまった。
 僕が砂埃の中そのまま呆然としていると、筋肉がムキムキムキムキした男が駆け寄ってきた。見たこともないような凄い筋肉だった。
「おい、全然ダメじゃないか」ムキムキが僕の背中に手を置いて言った。
「先生」僕は自然にそう言った。それで、ムキムキが体育教師だとわかった。「タイムは」
「18秒42だよ」
「18秒42」
「そうだ。骨飛出(ほねとびで)よりも悪い記録だぞ」
「骨飛出くんよりも」
「そうだ。二回目はもっと頑張るんだぞ。もう次の奴がやるから、早く立ち上がってサークルから出るんだ」
 先生は小走りで去って行った。僕は立ち上がって埃を払いながら、馬が駆け回るサークルから出て行った。そして、校庭の隅の地面に座り込んだ。
「一回目、終わった?」誰かが僕に声をかけた。
 僕は振り向いた。
「骨飛出くん」僕は言った。
 骨飛出くんはニッコリと笑った。骨飛出くんの肘からは相変わらず骨が飛び出していて、そこをかばうようにしながら僕の隣にゆっくりと座ってきた。
「スポーツテストって、憂鬱だよね」骨飛出くんは校庭の真ん中で和田くんが馬に引きずられているのを見ながら少し笑った。
「うん」僕はスポーツが得意でなかった。「でも、骨飛出くんは凄いよ。僕よりタイムがよかったって。先生が言ってたんだ。僕が今、クラスで一番ビリだ」
「たまたまだよ。どうせ二回目は、僕は抜かされちゃうよ」
「そうかな。僕は本当に運動が苦手なんだよ。小さい頃からそうなんだ」
「僕の方がダメだよ……ハァ、どうして僕は運動神経が悪いんだろう」骨飛出くんはため息をついた。
 僕は骨飛出くんの肘をチラッと見た。怖かったのでよく見なかった。
「ほんとさ、こんなテストなくなればいいのにね」骨飛出くんはふざけるように僕に笑いかけた。
 僕は、骨飛出くんが僕と友達になりたがっているらしいことに気付いた。一番最初に骨が飛び出ている子と知り合いになるなんて、僕の高校新生活はお先真っ暗というところだ。僕は膝の間に顔をうずめた。
「どうしたの?」骨飛出くんがすぐさま僕に言った。「気分でも悪いの?」
「いや、平気だよ。平気さ」
 それから僕は黙っていた。骨飛出くんは僕に話しかけたがって、話題を探しているようだった。僕は逃げるように、また膝の間に顔をうずめた。
 しばらくしてから、「ねえねえ」と骨飛出くんが言った。僕はしぶしぶ顔を上げた。
「これで、モリザサリって読むんだね」骨飛出くんは下を向いていた。「珍しいよね」
 その視線の先を見ると、地面に『銛刺』と書いてあった。
 僕はいやになった。背中に突き刺さった銛をこの場で引き抜こうと思ったけど、抜こうとすると血が出るのだからしょうがない。