天空ヤンキー半次郎

 天空からやってきたヤンキー半次郎の目的は、全国に散らばる名門ヤンキー高校の番長が持つ七つの学ランを手に入れること。それを七つ同時に天空白洋舎へクリーニングに出せば、しかるべき手続きの後、憧れの天空オートバイが納車されるのだ。天空での師、夜露死苦天空斉様の教えを胸に、半次郎は地上に降り立った!


 しかし、半次郎は今、窮地に立たされていた。
 つまり、第一の高校、大阪の「地元のヤクザ立そこの若頭高校」に一年生として転校してきた半次郎は、秋の文化祭の女装コンテストで番長ワカガシラをおさえてグランプリに輝いたことで、目をつけられてしまう。それから色々あって、冬休み前の終業式の日、ワカガシラと半次郎のタイマン勝負が張られることとなった。しかし、その前日、半次郎はついついミカンを食べ過ぎて手が黄色くなってしまう。朝になっても手は黄色く、言い知れない「なんだか凄く不安な気持ち」が半次郎にとりついて離れず、半次郎は終日家を出ずにインターネットで黄疸について調べていた。明日もひかなかったら病院へ行こうと思っていた。ケンカなんかしてる場合じゃないよ。幸い、そのまま冬休みに入ったためにワカガシラやそのグループと顔を合わせることもなかったが、半次郎の身辺がにわかにさわがしくなってくる。おかしなことに、半次郎が入るレストランも、喫茶店も、本屋も、乗る電車も、もしも○○がヤクザだらけだったら、という状況なのである。ドリフ世代ではないのでこんなユニークな状況は夢にも考えたことが無い半次郎はドキドキドキドキしてしまったが、そこは何事も無く過ぎた。ホッとした。しかしある日、もしも駅のホームがヤクザだらけだったら、という状況に出くわした半次郎は、ポケットに手を突っ込んで前屈みで歩き回る下っ端ヤクザに取り囲まれてしまったのだ。
「お前か、ワカガシラにナメたことしてくれた一年っちゅうのは」金のネックレスを首からかけた下っ端ヤクザが半次郎の胸ぐらをつかんだ。「いてもうたんぞコラ」
 それを機に、頭の悪そうなパンチパーマの下っ端ヤクザたちがドッと半次郎に詰め寄った。半次郎は腕を取り押さえられ、お腹を何度もパンチ、パンチパンチされた。
「そのぐらいにしとかんかい」ランクの低い歯抜け下っ端ヤクザたちの後ろで、声がした。
 揃いもそろって中卒の下っ端ヤクザたちは道を開けた。そこには、細いサングラスをかけて、仕立てのいい白のスーツでパリッと決めたオールバックのヤクザが立っていた。革靴が光っていた。歯列矯正していた。
「イ、インテリヤクザの兄貴!」
「お前ら、暴力団新法、何年前にできた思とんのや」とインテリヤクザは言った。「やり方を考えんかい、やり方を。ここは駅やろ。アレをやるんや」
「ヘイ兄貴!」「インテリヤクザの兄貴、わかりやした」
 数分後、半次郎の周りを、暴走族でも下位の方でウダウダやっていて誘われるまま成り行きでここまできた下っ端ヤクザが取り巻いた。半次郎は、下りのエスカレーターの一番したの、平らになってるところを歩いて、ちょっとしたルームランナー状態だ。エスカレーターの一番上にはインテリヤクザが立ち、半次郎のことを見下ろしている。
「これがインテリヤクザ兄ぃのエンドレスはめ殺し、死刑台へのエスカレーター下り編、や!」下っ端ヤクザの中ではランクの高い下の上っ端ヤクザが叫んだ。
 インテリヤクザは、それを合図にしたかのように、エスカレーターに何かを置いた。
「来るでぇ、覚悟せんかい!」「ワカガシラに楯突くとこういうことになるんや!」「よぉーく覚えとくんやで!」「今さら謝っても、ヤクザ相手には遅いで!」
 グイングインいいながらエスカレーターがおりてくる。ので、インテリヤクザがエスカレーターに乗せたものもおりてくる。さあ、おりてきておりてきて、なんだろうなんだろうとなってきた時、半次郎はそれが何か気付いた。
「あっ」と半次郎は息を呑んだ。
 それは大福だった。おいしそうな、うん、しっかりした大福だった。
「大福だ!」と半次郎は大きな声で言った。
「アホ、今頃気付いても手遅れなんじゃ!」「大福がどんどんおりてきてるんやで!」「ワカガシラに逆らうからこういうことになるんじゃい!」「大福がどんどんおりてくることになるんじゃい!」
 半次郎は迷った。しかし、無情にも大福は近づいてくる。もう既に、大福は、エスカレーターが最後にだんだん平らになっていくようなああいうところに差し掛かっている。半次郎は意を決して、腕を伸ばして大福を取った。そして、ええいままよ、とひと口食べた。
「予想通り食べよったな!」「どんな味やワレ!」「甘すぎない上品な味ちゃうんかい!」「明治時代創業のお前、和菓子屋の人気ナンバーワンなめとったらあかんぞお前、コラァ!」
 半次郎は振り返って、やいのやいの言う将来に不安がないわけではない下っ端ヤクザたちを挑発するように見た。口についた粉をペロリとやった。そしてまたペロリペロリ、もひとつペロリ。それから前を向いた。すると、どんどん大福が、大福がどんどんきていた。大福工場みたいにどんどんどんどん。半次郎は、手に持った大福をひと口で全部食べた。
「ペロペロ余裕こきよって、アホが!」「一個で済む思ったら大間違いやで!」「どうすんじゃい、どうすんじゃい!」「ワカガシラにナメた真似しよった罰じゃ!」
 半次郎はまた一つ食べた。どんどん食べた。どんどんおりてくる大福をどんどんどんどん食べた。パクパク食べた。おいしそうに食べた。しかし、たび重なる大福に口の中が乾いて詰まり、もう限界だ。その時、半次郎は、夜露死苦天空斉様の至言を思い出した。
『ウジウジすると吉』
 そうだ、ウジウジしてみるんだ。押してダメなら引いてみろ、ピンチの時はあせって解決を迫らずに、ウジウジしてみるんだ。でも、それなら『押してダメなら引いてみろ』と言えばいいじゃないか。
 半次郎が、もういいよ、最悪だよふざけんなよ、とウジウジし始めた、その時。
「お茶きてんぞコラァ!」「ウジウジしてんと、飲まんかい、飲まんかい!」「そう簡単に、お前を死なすわけにはいかんのや!」「もっともっと苦しんでもらわななぁ!」
 半次郎はおりてきた湯飲みを手に取り、熱々をすすった。口の中がさっぱりするとともに、大福の味も、うん、凄く際立った。
「甘さと渋味のハーモニーがお口いっぱいに広がるんとちゃうんか!」「うまい和菓子には茶ぁが合うで、正味な話が!」「ほんま茶ぁと大福は、お菓子の世界の翼君岬君やで!」
 そしてまた、半次郎が大福を食べ食べ、お茶をすすりすすり、時々いいタイミングで、欲しいなと思ったタイミングでおりてくるおしぼりで手と口を拭き拭きしていると、てっきり大福だと思ってつかんだそれは、なななんと、ガチャガチャのカプセルだった。
「大福ちゃうぞ!」「ほらどうすんねん、どうすんねん!」「開けんかい、開けんかい!」「中を調べんかい、中を!」
 開けてみると、パーやんの人形が出てきた。
「ドちくしょう、よかったやないか!」「いきなり、パーやん引くて、それはわしからすると限りなく当たりに近いで!」「それはともかく、のほほんと喜んでる場合ちゃうやろボケェ!」
 半次郎が前を向くと、次々に今度はカプセルがおりてきていた。
 一つ取って開けると、今度はバードマンが出てきた。バードマンは少しでかかった。
「まずまずやな!」「どんどんパーマン一族が揃ってきてるやないか!」「こうなってくるとブービーあたりが欲っしぃとこやなぁ!」「パー子でもええけど」「ガン子とかは勘弁やな!」「別にええけどな!」「実際、ダブらなきゃなんでもええけどな!」
 次、開けると、バードマンだった。
「はいダブったぁ!」と取り囲んだヤクザが全員、口々に言った。「調子に乗るからや!」
 半次郎が悔しくなって次を手に取ると、今度は大福だった。
「そう何度もガチャガチャやらせてたまるかい!」「ここにきての大福はダメージでかいやろ!」「ガチャガチャに気がいったところで、またこれ大福やがな!」「インテリヤクザさんの緩急の使い分けは元中日の今中ばりやで!」
 しかし、それから何もおりてこない。見上げると、インテリヤクザが駅員につかまれていた。もめにもめていた。
インテリヤクザの兄貴!」
 インテリヤクザはしばらく抵抗して、エスカレーターで下に逃げようとして引っ張られたり肩をつかまれているのを外そうと大暴れしていたが、とうとう負けて連れて行かれた。
「あ、兄貴!」「インテリヤクザの兄貴!」
 インテリヤクザなしでは何も出来ない指示待ち人間の下っ端ヤクザたちは、半次郎にかまわず、急いで階段を駆け上がっていった。
 なんとかピンチをしのいだ半次郎。果たして、こんな調子で番長ワカガシラの学ランをゲットすることが出来るのか? この腹の膨れ具合だと、夕飯は多分いらないのか? パーマンのガチャガチャを集めたくなってしまうのか?
 続く。のか? 続けられるのか!?