2月14日

 2月14日、バレンタイン・デイ。里崎サトシは中学生、二年三組、放送委員会。もちろん今日が「女子男子どぎまぎチョコレートあれこれ」だということは意識してやってきた。
 そして登校、下駄箱をチェックして、入ってなくて、まあまあまあ下駄箱にチョコを入れるなんてちょっとデリカシーがないと思うしそんな女子いたらいやだよこっちから願い下げだよいやだよもう、ということで機嫌よくオールオッケーにしたサトシ。教室に入り、机を探ると、あった。カカオだ、とサトシは思った。
リボンに、小さなカードがついていた。
「里崎ヨシコより」
母親だった。
サトシは大急ぎでそれを鞄にしまった。こんなものがクラスメイトにばれたら破滅だ、とサトシは思った。しかし、クラスのひょうきん者、篠崎マコトが肩を叩いた。
「サトシ、俺見たぜ、チョコもらってんじゃん。やーいやーい。おーい、みんな聞いてくれよ! サトシが誰かからチョコをもら、やーいやーい!」
「まじかよサトシー」「ヒューヒュー」と騒がしくなって教室は一気にフルボルテージ。
「そういうこと言うのやめなよ!」と加藤ユリが立ち上がった。
 そこから、「てんやわんや一悶着あれこれ学級会を開きますあれこれ」があって、道徳の時間に行なう学級会の議題がそういうことになった。
「どうして男子はそうやってすぐにからかうんですか!」と加藤ユリがまず発言した。
「うるせーよー」「そんな怒ることじゃないだろー」と男子。
「篠崎とかは自分がもらえないからひがんでるのよ」と岡上クミコが吐き捨てるように言った。
「なんだっとー!」と篠崎マコトがふざけながら立ち上がって言った。
「ほらそうやってふざける!」と伊藤ユカリ。
「なんだっとー!」
「もう止めてよ!」と加藤ユリ。「こんなこと言ってたら、里崎君もそうだし、あげた女子だってかわいそうでしょ!」
「そうよ、そういうのを馬鹿にするのはよくないわよ」「そうよそうよ」「女子にとってはすっごく大事なことなのよ」と女子が口々に言う。
「だいたい男子って子供なのよ」と岡上クミコ。
「お前だって同い年だろー」と小島ヨシキ。
「そういうことじゃないでしょ!」
「なんだと、このブスー」「お前になんかもらいたくねえよ」「俺がお前にチョコもらったらゴミ箱に捨てるぞー」
「何よ、それ。そんなの関係ないでしょ、何よ、そんなの……!」と岡上クミコは泣きそうな顔になった。
「すぐそれだよ」「女は泣けばすむと思ってるんだ、ってドラマで言ってた」「ドラマかよー」「泣くなら泣けよ、ブスメガネー」
「メガネは……関係ないでしょ! う……うっ……」岡上クミコはとうとう泣き出した。
「泣くぐらいなら口挟んでくんなよなー」「乱視のブスにバレンタインは関係ないだろー」
「ちょっと男子!」とクラスでおとなしい方の井上ミライが大きな声を出した。
 そこからまた男子と女子で「数分間ぐらい大騒ぎあれこれ一回静かにしようあれこれ」になった。「一回静かにしよう」も三秒ももたずに、大騒ぎが五分ほど続いた。
「こんなことしてたら、なんの解決にもならないじゃん!」と伊藤ユカリがひときわ高い声で怒鳴った。
 騒がしかった教室が静かになった。
「ていうか、じゃあさ、渡した奴が名乗り出ればいいんだよ」「そうだそうだ」「サトシもなんか言えよ」
 それまで黙っていたサトシをみんなが見たが、サトシはやはり何も言わなかった。
 しばらく誰も、何も言わなかった。緊張の糸が張り詰めた。
「ヨシコちゃん、もう言っちゃいなよ!」突然、伊藤ユカリが立ち上がって後ろを振り向き、金切り声をあげた。
「ユカリちゃん!」ほとんど同時に、加藤ユリが驚いたような、注意するような声をあげた。
 みんな、授業参観で教室の後ろに立っていた里崎ヨシコ(39歳)の方を振り返った。ヨシコ(39歳)は抱えていたコートで口元を隠した。加藤ハツミ(38歳)や篠崎ヘレン(41歳)をはじめ、誰もがヨシコ(39歳)を驚いたように見た。
「ゲー、ヨシコかよー!」「新事実発覚!」「サトシ、お前ヨシコにチョコもらったのかよー」
ヨシコ(39歳)はもう、コートの中にすっかり顔をうずめていた。サトシも黙って下を向いている。
「ヨシコちゃんがうじうじしてたら、ずっとこのままだよ!」と伊藤ユカリ。
「ヨシコー、言ってみろよー」「どうなんだよー、サトシにチョコあげたのかよー」と男子が声をかける。
「そういうふうに言うからでしょ!」とヨシコ(39歳)の隣にいた武田ミツエ(44歳)がヨシコ(39歳)の肩を抱いて言った。
「八百屋は黙ってろよー」と小島ヨシキが言った。
「別に八百屋だっていいでしょ!」とミツエ(44歳)。
「タマネギ女」「ドテカボチャー」
「それにね、私だってね」とミツエ(44歳)は男子を無視した。「武田にチョコあげたんだから!」
 全員、武田ツヨシの方を向いた。
「おいツヨシー!」「お前もかよー」「どうりで喋らないと思ったぜー」「卑怯者ぉー」
「別にいいだろ!」とツヨシが怒って椅子から立ち上がる。「じゃあ俺だって言うけどな、ケンジなんか、ブスの岡上からチョコもらってんだぞ!」
 全員が、今度は教室の後ろ、岡上ケンジ(42歳)の方を振り向いた。こればかりは、ケンジ(42歳)があまりに絶望的な顔をしていたので、みんな、何も言えなかった。ケンジの両隣にいたエミ(36歳)、チエミ(42歳)がケンジから距離を取った。
「ツヨシ……お前……」とケンジ(42歳)はツヨシを見ていた。
 ツヨシはもう、そっぽを向いていた。
 岡上クミコがまた泣き出した。