しばらくして、私抜きでレコーディングした曲「わすれじのレイド・バック」のサンプルレコードが届いた。上の方に「奥慶一…キーボード、マナ…コーラス」と、参加してくれたゲストの名前があり、そしてサザンのメンバーの名前がクレジットされていた。私の名前はないんだなぁ……。ちょっと寂しい思いで眺めていたら、一番下に発見した。
原由子…マインド」――。
また、泣いちゃったぜ!

――(原由子『娘心にブルースを』P165)

この部屋には、たしかに何人かの人たちがいますよね。腕を椅子の背にのせている人もあれば、ピアノにもたれている人や、グラスをなにかためらうように口に運んでいく人もいます。また、おそるおそるとなりの部屋にはいっていく人もいる。暗いので箪笥の角かなにかにぶつかって、肩に怪我をし、いまはあけはなった窓のそばで大きく息をついているところです。空には、宵の明星が出ています。ところで、ぼくはこうした人たちのあいだにいる。そうしたことになにか脈絡があるとすれば、ぼくにはその脈絡が理解できない。しかし、ほんとうは、脈絡があるかどうかということすら、わからないんです。
――(フランツ・カフカ「ある戦いの記録」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P39)

「おれは、この船の舵手でないのか」と、わたしはさけんだ。「おまえがか」と、浅ぐろい、背のたかい男は、聞きかえして、まるで夢を払いのけでもするかのように、片手で眼のうえをこすった。わたしは、頭のうえに弱よわしい灯火がともっているだけの暗がりの中で、ずっと舵輪を握っていたのだった。そこへこの男があらわれて、わたしを押しのけようとしたのである。わたしがゆずろうとしなかったので、男は、足をわたしの胸にあてて、わたしをゆっくり踏み倒した。わたしは、それでも舵輪の輻(や)に必死になってぶらさがり、からだが倒れた拍子に舵輪をぐるりとまわした。しかし、男は、舵輪を握って、もとにもどすと、わたしを突きはなした。けれども、わたしは、しばらくして気をとりなおすと、船員室に通じるハッチのところに走っていって、大声でさけんだ。「おい、みなの者、はやく来てくれ! 変なやつがあらわれて、おれを舵のところから追いだしやがるんだ!」船員たちは、のろのろと船室を出て、階段から甲板にあがってきた。いかつい身体のくせに、よろよろとし、ぐったり疲れているようだった。「おれは、この船の舵手だろうが?」と、わたしはたずねた。みんなは、うなずいたけれども、その眼は、見知らぬ男にだけむけられていた。彼らは、男のまわりに半円形になって立っていた。そして、男に命令口調で、「おれの邪魔をしないでくれ」と言われると、ひとかたまりになって、わたしになにやらうなずきかけ、またぞろぞろと階段をおりていった。なんという連中だろう! あれでもものを考えているのだろうか。それとも、ただ意味もなく地球のうえをもそもそと渡り歩いているだけなのだろうか。
――(フランツ・カフカ「舵手」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P96)

しかし、いったい、質問などしてどうしようと言うのであろうか。というのは、わたしは、質問によってなにも得られなかったからである。わたしの同類たちは、おそらくわたしよりずっと聡明で、まったくちがうすばらしい方法でこの人生を耐えているにちがいない。
(――(フランツ・カフカ「ある犬の研究」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P208))

彼は、自分が生きることによってわれとわが道をさえぎるような感じがしている。そうおもうと逆に、妨害されていることは、自分が生きている証拠だという気がしてくる。
――(フランツ・カフカ「<彼>」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P233)

カシネリの店の陳列窓のまえで、ふたりの子供がぶらぶらしていた。六歳ぐらいの男の子と七歳ぐらいの女の子で、いい服を着て、神と罪について話し合っていた。わたしは、彼らのうしろに立ちどまった。女の子は、カトリックかもしれないのだが、神をあざむくことがほんとうの罪だと言った。プロテスタントであるらしい男の子は、それじゃ人間をだましたり、ものを盗んだりすることはどうなんだいと、子供らしい執拗さでたずねた。「それも、大きな罪よ」と、女の子は答えた。「でも、最大の罪とは言えないわ。神さまに対する罪が、いちばん大きいの。人間にたいする罪には、告解というものがあるわ。わたしが告解をするときは、天子がすぐまたうしろ楯になってくださるの。罪をおかすときは、悪魔がわたしのうしろにやってくるんですものね。ただ、わたしたちにはその姿が見えないの」少々まじめくさった話に飽いた女の子は、ふざけて踵でくるりとまわって見せて、「そら、わたしのうしろにだれもいないでしょ」と言った。男の子も、おなじようにくるりとまわったが、そこにわたしの姿を見つけた。「ごらんよ」と、男の子は、わたしに聞こえるのもかまわずに、あるいは、聞こえるともおもわずに、「ぼくのうしろには悪魔がいるよ」と言った。「わたしにも見えてよ」と、女の子は、言葉をかえした。「でも、わたしが言っているのは、この悪魔じゃないわ」
――(フランツ・カフカ「<彼>」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P235)

彼には、すべてのことが許されている。ただ、自分を忘れることだけは、許されていない。そのために、結局はまたすべてのことが禁じられていることになってしまう――全体にとってそのときどきに必要なことはのぞいて。
――(フランツ・カフカ「<彼>」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P237)

意識に制約をもうけることは、社会的要求である。すべての徳行は、個人的であり、すべての悪徳は、社会的である。社会的徳行とみなされているもの、たとえば愛、無私、正義、自己犠牲などは、<おどろくほど>弱められた社会的悪徳にすぎない。
――(フランツ・カフカ「<彼>」『カフカ全集2』前田敬作訳 新潮社 P237)