ワンズ・ライフ

 こんなにいい鼻を持ったからには、いい匂いを嗅いでいきたい。というか、いい匂いを嗅いで生きたい。それが自然の摂理に違いないワン。交尾したいワン!
 そんな風に、この地域の犬達は願っていた。都会の片隅で人間に飼われる身の者もいたし、野良犬もいた。しかし、様々な境遇の犬達の願いは、たった一つだったのだ。いい匂い嗅ぎたいワン。ワンダフルな匂い、嗅ぎたいワン、と、それ一つだったのだ。交尾したいワン、と。
 年に一度、犬達はそのへんの空き地に集まる。それは、犬としてどう生きていくべきか、ということを見つめなおすために設けられた集会なのだ。数百匹の犬がここに集まり、ワンワンワ〜ンダフルライフ、イェ〜イのために話し合う。いい鼻でいい匂いを嗅ぎたい、という話もここで出た。世界で一番いい匂いを探そう、ということになった。そのためには、世界中を回り、色々な匂いを嗅がなければならない。つまり、誰かいい匂い探して来い。
 そんな使命を受けて、世界中のいい匂いを嗅ぎつくす旅に出たクンク郎が、このたび、帰ってきた。クンク郎の鼻の濡れ方は普通の濡れ方ではない、だからこそ代表に選ばれた。病的な濡れ方をしている。その濡れ方は、家族や地方テレビ局が心配するほどだった。
 クンク郎の帰還を聞きつけた犬達は、急遽、空き地での集会を開いた。まさにそこに、クンク郎が帰ってきた。
 クンク郎は、五年に及ぶ旅で、歩きすぎて、肉球はかっちかち、嗅ぎすぎて、鼻はバカになっていた。子供に拾われそうになりすぎて、変な気持ちになっていた。ボロボロだった。でも、なんとか帰ってきた。
「世界で一番いい匂いは」と、クンク郎は、空き地の土管の上に立って言った。「ペヤングのお湯を捨てる時の湯気の匂いでした」
 少し高い所からクンク郎が見たのは、沢山の犬の交尾と、交尾の相手を探してうろつきまわる犬だった。大体がケツの穴の匂いを嗅いで喜んでいる奴ら、いい匂いを嗅ぎたいなんてハナから思ってなどいないのだ。しかし、長く険しい旅を終えて犬的に成長していたクンク郎はまったく意に介さず、何一つ心を動かさなかった。途中で何らかの自治体に捕まり、ばっさり去勢されていた。