隠密晦日の日が暮れる

 「ガキの使い」の録画予約はOK、一応、二日の夜九時からやるイチローが出るやつも録画予約した。ユミコはご満悦だ。くのいち忍者のはしくれとして、ユミコには浜ちゃんとイチローが憧れの存在なのだ。それと、浜ちゃんに関しては、別に日影の忍者カツヒコだからということは全然関係ない。
 今日の任務は「行けばわかる」ということだった。忍者というのは、任務をちゃんとした形で聞かないまま闇に消えていくので、頼んだ方としては安心できない。安心できないのに頼む方が「行けばわかる」とか曖昧なことを言ってニヤニヤ笑っているのはどういうことかと思うが、忍者業界はほとんど体面で動いているのだ。
 ユミコが指定の場所である木の上に潜んでいると、沢山の護衛に囲まれた駕籠がやって来た。忍者と駕籠が遭遇した場合、駕籠の中のVIPを忍者が殺すというのがセオリーである。ユミコもすぐに理解した。
 しかし護衛は、パッと見で七千人いる。見通せないほどだ。このような大名行列では、これではさすがのユミコにも迂闊には手が出せない。忍者は三十人ぐらいなら何とかするみたいに思われているが、実際は護衛が一人いただけでテンションがかなり下がってしまう。二人いたらもう勝ち目が無いと考える。七千人いたらどう思うかは、推して知るべきだ。
 ここだけの話、大晦日ということで特別に皆さんにお教えするが、ユミコは木の上で小一時間、自分を慰めてから飛び出した。冥土の土産に、手土産に、もう最後気持ちよくなっておくか、という思いだったのだ。ユミコは死を覚悟していた。
 ユミコが飛び降りたのはまさに駕籠の上だった。さすがユミコと言うべきである。ユミコは、駕籠のスピードと距離から時間を割り出し、マスターベーションに費やせる時間を秒単位で計算し、限られた時間の中で全力でマックスの気持ちよさを味わうとともに、気持ちよかった最高のテンションの勢いで景気をつけることで、敵の真んまん中へと出て行けたのである。更に同時に、寒さで固まった体をもあたためていた(火照っていた)。
 ユミコは、刀を屋根の上から突き立てるぞ、という姿勢を取って、刀を抜こうとした護衛達を見下ろした。
「なんだよ!」
「誰だよ!」
 護衛達は大騒ぎした。
「気持ち私は病気持ち、夜遊び忍者の代名詞、くのいち第一女塾筆頭、走水ユミコ! 武器を捨てなさい! 誰が病気持ちよ!」
「自分で言ったんだろ!」護衛達はやいのやいの言ったが、武器は捨てなかった。
「武器を捨てなさいよ!」とユミコは叫ぶ。
 すると、護衛達がアハハと笑い出した。一人、笑いすぎて変なもん吸い込んで咳き込んだ奴がいて、そこから喉がゼーゼー言うようになってそれから一言も喋らないようになったが、知ったこっちゃ無かった。
「何笑ってんのよ!」とユミコは刀を両手で持ち、今にも突き立てんばかりにした。
「そこん中誰もいないぞー」と遠くにいた誰かが声をかけた。
「おせちが入ってるだけだぞー」
 ユミコは動揺を隠し、微笑して周りを見回した。
「おせちはいただいて行くわ! それが最初からの目的」
 護衛達は、おせちが目的だったのか、とざわめいた。
「嘘つけ!」「じゃあなんで刀を突きたてようとしてるんだよ!」「病気持ち!」
 ユミコは悪口にも屈しない。その悪口をむしろ楽しむかのように、自分の糧にするかのように恍惚とした表情を浮かべた。そして、一瞬のうちに、ユミコは消えた。
「駕籠の中だ!」と護衛達がワーッと詰め寄った。ワーッと。「おせちは渡さないぞ!」
 沢山の槍と刀と名称のわからない武器が突き刺さった。護衛達は、刺しておいてなんだが、その突き刺した様子がちょっとヴィジュアル的に怖かったので、心配になった。
「生きてる?」「大丈夫?」と声をかけた。「開けるよ?」
 おそるおそる開けてみると、いっこく堂が主力として使っているあの男の人形がくの字の形に座っていた。いっぱい刺さっていた。
「本物?」と護衛達は口々にささやきあった。「あれ本物?」
 誰もが自分のせいにされそうな気がしたので黙っていたが、正月に色々仕事が入っているであろういっこく堂のことが心配になった。


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