岡本の話

 岡本に関わらないほうがいいよ。
 岡本はいつもカビキラーを持っていて、機嫌が悪いぞ、俺は機嫌が悪くなったぞ今、あっ今俺、ということを自分の方でキャッチすると、あたり構わずカビキラーを撒き散らすから。その、あたり構わず、というのも何となくみんながそう言って伝えているだけで、実際は確実に、これ、というものを狙ってる、間違いなく狙ってるし、カビキラーの、素肌に当たると不安な殺菌力は、風呂場以外で使われるとほとんど凶器だよ。
 例えば、隣の机に座っている長谷部の鉛筆がちょっと岡本の机にはみ出した時、長谷部の鉛筆の岡本側にはみ出しているケツのところは、岡本が、あっ俺今、となった瞬間にもう泡で隠されてる、シュッと。長谷部というのはしかも、悪いことにというかなんというか、鉛筆のケツを噛む癖のあるどんくさい奴で、しかもカビキラーをやられても、エヘヘと笑って素手でそれを取り、なんで素手で触るのか本当にという感じなんだけど、そのまま鉛筆を換えずに、しかもまた放っておくとすぐ忘れて噛むもんだから、先生の方も「鉛筆!」と授業中に言うことになって、それも最初の方は「鉛筆噛んでるよ!」だったのがどんどん短くなって「鉛筆!」になって、先生としては本当はそんなこと言いたくはないけど言わないで病気になってもアレだし、ていうか長谷部が病気になったらなったでそんなことは知ったこっちゃないし全然構わないがこのご時勢そんなことになったら困るのは私やで、というわけで言わないわけにはいかず、「みんなも、おじいちゃんやおばあちゃんに聞いてみて、鉛筆!」ということになり、一回で直すならそもそも最初からやらないので、もう何度も何度も「鉛筆!」ということになり、鉛筆もどんどんカビキラーにさらされる回数が増えるのでもう何かカビキラーの成分が染み渡っておかしいことになってろくに書けなくなってる。で、いっそシャーペンにしてみるかという話も出たには出て、でも長谷部のためにわざわざそんなことするのも、という感じがクラス全体として否めず放っておくから、また先生が「鉛筆!」ということになって、それ聞いて長谷部はアハァとか笑っているんだけど、その一方で注意力が無いというか、注意力を出す元の器官みたいなもんが完全に無いので、今度は、鉛筆が注意されている一方で同時に消しゴムが岡本の方にはみ出していて、その消しゴムもきったないきったない、紫、紫? っていうか、ボールペンの青とか黒が染みて紺色になってるというか、アホなので消しゴムに色を塗って遊ぶからそういうことになってて、書けない鉛筆と消えない消しゴムで授業に臨んでる長谷部はもうほんとどうしようもない。まあ消しゴムのことはどうでもいいんだけど、って言うか長谷部のこと自体どうでもいいんだけど、まあ話としてね、だから、長谷部の消しゴムがはみ出しているのを、岡本としてはこれはもう領空侵犯で、よし機嫌悪くなった、よしっ、ということで、その瞬間に消しゴムがカビキラーの泡まみれになっていて、長谷部は消しゴムも、これは、鉛筆はともかく本当に理解できないんだけど、消しゴムで歯を磨く? っていうかとにかくそういうことをたまに、しかも毎回今思いついた、今いいこと思いついたぞみたいな顔でやるのがまた腹立つんだけど、アホでしょ? いやなんかほんと腹立ってきた。で、また「消しゴム!」だし。しかも、あいつ、長谷部は自由に作文を書く時に、鉛筆目線で『ぼくのおしりをかまないで』とかいう題名のやつを書いたりしくさりやがって、それがまた腹立つっていうか、いやこれ腹立つでしょ、で、それがちょっと評価されたりすることもあったりしてそれがまた更にイライラするし、つうか臭いし、カビキラー。いや、でも、ほんと、長谷部なんなのあれ、なんなんだろ。長谷部。いや腹立つわー。長谷部浩一。