よく死ぬ大黒柱

 ぼくは、超人家族の一人だ。ぼくの家族は加藤プロジェクトを名乗り、悪者をやっつけられる場合はやっつけたりしている。気付かなかった場合はしょうがないから、ニュースで凄い凶悪な事件が流れた時は、ありゃりゃ、という暢気な感じだ。国家や正義組織とのつながりはないから、人助けは、簡単に言えば家族の趣味程度のもので、何か大変な事件が発生しても、予定が入っていれば気兼ねなく伊豆に旅行する。
 ある土曜日、お父さんがぼくらをダイニングのテーブルに集めた。ぼくらがテーブル中央に落花生の入った皿を置いて食べ始めたので、父さんは端の方に一枚の紙を広げた。


バーニング・ママ       4
スタンディング・パパ   971
マジカル・ガール       0
スピード・ボーイ       21


「親父、なにそれ」と姉ちゃん(マジカル・ガール)が言った。
「なにじゃないよ」父さん(スタンディング・パパ)が不機嫌な声で答えた。「死んだ回数だよ」
「それがどうしたの」と母さん(バーニング・ママ)が言った。
「どうしたもこうしたも、死にすぎだよ。お父さん死にすぎだろ」と父さんが数字を指さした。「そろそろ大台に達するじゃないか」
「こんなの数えてたの」姉ちゃんが歯に詰まった落花生を舌で取ろうとしながら言った。
「数えてたよ。そりゃ数えるよ。死んだ回数ぐらい、普通数えるだろ。でも、問題は、どうしてこんなに死ななきゃいけないのかってことだよ」
「だって父さん超よえーじゃん」とぼく(スピード・ボーイ)は言ってやった。
 父さんはいつも威厳が無く、こんなことを言うとしょぼんとまいってしまうけど、父さんは父さんで今日こそはと気合を入れて臨んだようで、くじけずに、「だから!」と大きな声を出した。
「なんで大きな声出すの。むかつく」と姉ちゃん。
「うるさい!」と父さんが叫んだ。「なんで、こう、父さんが死ぬのを放っておくんだよ。どうして助けてくれないんだよ。みんな強いんだから、助ければいいじゃないか。父親のピンチだぞ」
「だって、あなたを助けるためにやってるんじゃないのよ」と母さんが口を挟んで、落花生の殻をテーブルの脇によせた。
「そうだよ父さん、父さん助ける暇あったら、人質助けるもん。だって、父さんは姉ちゃんの魔法で生き返られるじゃん。一般の人間には蘇生の呪文はきかないんだよ」そんなことはともかく、ぼくは早くゲームがやりたかった。
「でもさ、お前達、おかしいと思うんだよ」
「何が」と姉ちゃんと母さんが口を揃える。
「例えば、アジトに踏み込んだりするじゃん、この前の、麻布のでもそうだよ。踏み込んだじゃん、バーンとドア開けてさ、そしたら、その途端に、誰か知らないけど、いや、違うな、お前だな、マコだな」と姉ちゃんを見て、「お前、『お父さん、今よ、必殺よ!』って叫んだな」
「うん」
「で、お父さん、そんなこと言われたら、やるわな」
「父さん、どんなのだっけ。必殺技、どんなのだっけ」とぼく。
「お父さん、今よ、必殺よ!」と姉ちゃんが口に手を添えて言う。
「スタンディング・ゼア!」と父さんが言った次の瞬間、父さんは、ちょっと離れた、ソファとリビングテーブルの間のところに横向きで立っていた。こんな感じで、麻布の時は、瞬間移動してぼくらのところへ戻ってくる時に撃たれたのだった。
 ぼくたち三人はそういいうことも思い出したりして大いに笑って、テーブルの上の落花生の殻を息で吹き飛ばしてしまった。その片づけをしている間に、父さんが歩いて戻ってきた。
「やらせなくていいんだよ。でも、この必殺技はおかしいと思うんだよ。母さん、必殺技やってみろよ。『指圧の心はバーニング』、やってみろよ」
「いやよ、家が燃えるでしょ。それに、技の名前言われたあとにやりたくないわ。そんなフリでやりたくないわ」
「じゃ、マコ」
「勘弁」と姉ちゃんが鼻で笑って頬杖をついた。「それに、実際親父を971回も生き返すのだるいんですけど」
 父さんは悲しい顔をしたけど、ぼくと目が合うと、ちょっと笑った。
「サトシ、今だ、必殺だ!」
 ぼくはどうしていいかわからないのと、そのやる気とか気を利かした感じとかうまく立ち回ったと思ってる様が頭にきたので、下を向いていた。姉ちゃんが歯で落花生の殻を割って、乾いた音が響いた。母さんはぬるくなったお茶に落花生の殻を浮かべて遊んでいた。
 父さんはいつの間にかスタンディング・ゼアして、ちょっと離れたパソコンデスクの近くに立っており、しかもこっちにケツを向けていた。どっちを向くかもわからないのだ。その時初めて、ぼくは、父さんも大変なんだと思った。気軽に生き返るとはいえ、死ぬのは気軽じゃない。そんなことは、21回も死んでればわかるんだ。