みんなでワイワイ楽しくピザを作るファイナル

 みんなでワイワイ楽しくピザを作りたい、っておばあちゃんが言った。おばあちゃんはほとんど寝たきりで、病気の方も進行していて、このままのペースだと半年後にはっていう状態だけど、だからこそ、私はおばあちゃんとピザを作りたいと思った。私がみんなにお願いして、主治医の先生にも相談して、初めはしぶっていた先生も最後の機会だからとOKを出してくれて、私はとても嬉しかった。おばあちゃん、おいしいピザ、ワイワイ楽しく作ろうね。


私「まず、生地を練ります」
おばあちゃん「生地生地」
お母さん「生地から作るなんて、本格的ね。お母さんも初めて」
私「まず、強力粉とドライイースト、塩、と砂糖を卵にぬるま湯でこねます」
お母さん「ここはお兄ちゃんが頼りになるわね」
お兄ちゃん「あ、うん」
私「材料をボウルに入れて、と。おばあちゃん、やる?」
おばあちゃん「やるやる」
お母さん「お兄ちゃん、ボウル押さえてて」
お兄ちゃん「うん」
(粉に手を突っ込むおばあちゃん)
私「おばあちゃん、どう? 感触どう?」
おばあちゃん「粉、粉だよ。生あたたかくて、気持ちいい、いい。これ、いいわ」
私「ほんとにー?」
お母さん「これはやってる人にしかわからないわね」
(ボウルの中で、かろうじて手を握ったり開いたりするおばあちゃん)
お兄ちゃん「ばあちゃんもっとこねないと終わんないよ」
お母さん「おばあちゃん、頑張って」
(おばあちゃん、手が止まる)
私「おばあちゃんファイト」
おばあちゃん「あー、もうね、おばあちゃん、交代(と手を抜き、乱暴に水分と粉を振り払う)
私「(顔にそれがかかりながら)じゃあ次、お母さん」
お母さん「これはやったことないから大変そうだけど、頑張るわ(とこね始める)」
私「あ、凄い。もう形になり始めた」
お兄ちゃん「いい感じいい感じ」
おばあちゃん「うん、うん、うん。もういい次いこう」
お兄ちゃん「ニッチャニチャだよ、ばあちゃん」
おばあちゃん「うん、大丈夫。これくらいがおいしいから」
お母さん「おばあちゃん、やっぱりこれはまだなんじゃ――」
おばあちゃん「これくらいの時の方がおいしかったから。一番、じいさんも喜んだから」
私「(観念して)じゃあ、もう早速、この上に具をのせていこう、ね、おばあちゃん。お兄ちゃん、それ、広げて」
お兄ちゃん「これを?」
お母さん「(真剣な表情で)お兄ちゃん」
私「この、クッキングシートの上に広げて」
(クッキングシートいっぱいに広がる生地。はみ出た生地が、床にしたたり落ちる)
おばあちゃん「もうね、いっつもここが楽しみで、ね、ピザ作る時はね。ミキちゃんも、小さい頃は、はしゃいじゃってね」
私「のせていくの、楽しかったもん」
おばあちゃん「それが、もうそろそろ死ぬっていう時に、果たしてそれを楽しめるかどうかよね、人が」
(私とお母さん、キッチン器具をいじりだす。お兄ちゃん、おばあちゃんを見つめる。部屋の隅に控えていた主治医がメガネを上げながら立ち上がる)
お兄ちゃん「ここが勝負の分かれ目だよ、ばあちゃん」
おばあちゃん「ほんとだよ。じゃ、のせていこうかね。楽しもう、みんな楽しんでね」
お母さん「そうね、楽しみましょう」
(主治医が腰を下ろす)
私「(ひとまずホッとして)お母さん、具は何があるの?」
お母さん「沢山買ってあるから、なんでも好きなのをのせられるわよ。じゃあ、みんな、自分の好きなのを二つ置けることにしましょう」
おばあちゃん「ゲーム感覚ゲーム感覚」
私「ほーんと、ゲーム感覚で楽しそう。じゃあ、まず、私いくわね。定番のトマトを、こうやって全体に」
お母さん「じゃあ、お母さんはピーマン。みんな、ピーマン食べられるわよね」
お兄ちゃん「うん」
私「もうお母さん、子供じゃないんだから」
お兄ちゃん「じゃあ、俺は、サラミかな。サラミ好きだし」
おばあちゃん「じゃあ私の番、で、私は……この、ほら、定番のピスタチオを(と自分のポケットから手づかみで出し、生地にばらまく)」
(一瞬、目配せするお母さんと私)
お母さん「(おばあちゃんの肩に手を置いて)おばあちゃんったら大胆。殻のままなの?」
私「(笑って)固くて食べられないわよー」
おばあちゃん「かめへんかめへん!(と上機嫌で笑いながら)」
お兄ちゃん「ばあちゃんそれ自分とこだけにしてくれよ」
おばあちゃん「かめへんかめへん!(と更に上機嫌で更に笑いながら)」
私「もうおばあちゃんったら。じゃあ、二つ目いくわね。私は、やっぱり、シーフードも好きだからエビ!」
お母さん「おいしいもんね。そうこられたら、お母さんは、やっぱりソーセージで対抗、かな」
おばあちゃん「真面目か!」
(全員、動きが止まる)
おばあちゃん「何のための、あんた達、何のためにゲーム感覚制度を布いたんだいこれ、ええ! ええぇ――――! ワイワイ楽しくって、ただ楽しいのがなんで楽しいかいこれ、ええぇ――――!」
(主治医が立ち上がり、歩み寄る)
主治医「じゃあ、次は私の番で、私は、このフリスクを、こう、大胆に(とそのままカチャカチャ生地の上に振り出す)」
おばあちゃん「(破顔一笑、指をさしながら)なんでフリスクやねん! あんたいきなり出てきてなんでフリスクやねんな! ピザにフリスク、これ、めっちゃおもしろい、才能ある、めっちゃ意表つかれ、たウ、ゴホ、やられた、ゴッホゴッホゴッホ! ウェー、ゴッホ! カーーーーー、ペッ!(とピザの上に)」
私「おばあちゃん!」
お母さん「おばあちゃん、あ……大丈夫!?」
主治医「とりあえず、そこに座って」
(咳をしながら隅の椅子に誘導されるおばあちゃん。私、お母さん、主治医が付き添い、そのままそばにいる。お兄ちゃんはキッチンのところに残り、四人を見ている)
私「おばあちゃん、薬、薬飲む?」
おばあちゃん「うん、うん、ゴホ、ゴッホ! 薬、薬」
私「お兄ちゃん、薬持ってるわよね!」
お兄ちゃん「あるよ、持ってるよー」
おばあちゃん「もう、のせて。ゴホゴホゴホ!」
私「え?」
おばあちゃん「ピザに」
私「え?」
おばあちゃん「もうピザに薬のせて。うん、ゴッホゴッホ、もう、しんどいから、もうぜえぜえしちゃってるからに」
私「おばあちゃん、大丈夫?」
おばあちゃん「もう、一思いにのせちゃって。全ての夢を、希望を、薬を、ピザにのせちゃって。あのピザは希望そのもの」
私「おばあちゃん……」
おばあちゃん「ゴッホゴッホゴッホ! もうとにかく、夢と希望はいいから、それは全然関係ないから、薬をピザに一思いに……一思いに死なせて」
お母さん「おばあちゃん!」
おばあちゃん「だからほんと、ほんともうほら、それで焼いて、薬のせて焼いて」
(うなずく主治医、お母さんもうなずく)
私「お兄ちゃん、のせて!」
お兄ちゃん「何をー」
私「薬、ピザにのせて!」
お兄ちゃん「ピザに薬のせるのー?」
私「うん」
お兄ちゃん「どのへんー」
私「おばあちゃんどのへん?」
おばあちゃん「あの、ほら」
お兄ちゃん「ピーマンのとこでいいー? ピーマンの、輪の中でいい?」
おばあちゃん「それいただき」
私「そこでいいって」
お兄ちゃん「全部? 全部のせるのー?」
(お兄ちゃんに向かってうなずく主治医)
お兄ちゃん「ピーマン足りないよー」
主治医「最後にチーズと一緒に散りばめましょう」
お母さん「お兄ちゃん聞こえた? チーズと一緒にだからね!」
私「おばあちゃん、それでいい?」
おばあちゃん「(しばらく黙ってから)ピスタチオ」
私「え?」
おばあちゃん「ピスタチオの殻の中に薬入ってたらどうする」
私「何が?」
おばあちゃん「ピスタチオの殻の中に薬入ってたらどうする」
主治医「(私を押しのけて)それはおもしろい。お兄さん、ピスタチオの殻の中に薬を!」
お兄ちゃん「ピスタチオの殻の中に薬入れるのー?」
私「そう! それをまた戻して、焼くの! そうよねおばあちゃん」
おばあちゃん「みんなの驚く顔が目に浮かぶわ」
(お母さん、主治医にうながされてキッチンに行き、お兄ちゃんとともにピスタチオの作業を始める。それを、私とおばあちゃんが見つめている。主治医が脈をとりはじめる)
私「おばあちゃん楽しい? ピザ作るの楽しいよね?」
おばあちゃん「少し」