俺達おふざけ少年野球チーム

 二三丁目グレートパンヅのメンバーは野球そのものに楽しみを見出すのが難しいほど負け続けているが、他のところで埋め合わせをすることで早朝からの試合にも寝坊しないで起きられる。勝ったことなど一度もなく、メンバーのお母さん達も弁当やスポーツドリンクを作るのが馬鹿らしくって「もうやめたら」という感じだが、ユニフォームを作ってしまったので、元を取るぐらい動き回るまではサポートしてやるかと思っている。チーム名も、小学生の浅い知識でパンダの複数形にしようとしたらパンツみたいになってしまってとても残念だ。
 パンヅの中心メンバーは、試合を明日、いやすでに今日に控えるというのに、深夜、河川敷のグラウンドに集まっていた。彼らは、ホームベースの手前に深い落とし穴を掘った。なついているのをいいことに牧野んちの大型犬を連れてきて試しに入れてみたら、出れないでキュンキュン鳴いてた。それほど深い穴だ。
「ランナー、落ちるな」四番でキャプテンの根本が言った。
 みんな少し黙った。
「おもしろいな」エースの持田が言うと、我慢できずにみんな半笑いになった。弱小チームにもエースはいるのだ。
「他の作戦もぬかりはないだろうな」根本がみんなをにらみつけた。
「明日は客も多そうだから、万全を期してるよ」補欠の広岡が言った。補欠もいる。
 そして夜が明けた。
 整列するパンヅと相手チームの本町エレファンツを、沢山のギャラリーが堤防に座って眺めている。 
 パンヅのメンバーは何も聞かされていない牧野をのぞいて、全員がベースボールキャップの中の日除けメッシュを引き出している。天気は曇りである。なめているのは明らかだったが、エレファンツは全員礼儀正しく「おねがいします!」と言って頭を下げた。パンヅメンバーは、牧野を除いて軽く右手を上げただけだった。
 一回裏の攻撃、一番の駒田が年の離れたお兄ちゃんから借りてきたバイクのフルフェイスヘルメットで登場し、掴みはオーケーだ。そのあともパンヅのやりたい放題は続き、三回裏、パンヅの攻撃中にラジコンが内野を走り回り、遠隔操作していたホームレスがつかまった。このホームレスは後で二百円もらえる。四回表には、残塁してベンチへ帰ってきたエレファンツのランナーの背中にカナブンとセミの抜け殻いっぱいついてた。五回裏の牧野の打席では、金属バットの代わりにプラスチックのバットが用意されており、牧野がそれを持って打席に立つとパンヅベンチは凄く盛り上がった。
 しかし、誤算があった。なんと、スコアが0−0のまま、少年野球では最終となる七回、先攻のエレファンツの攻撃が終わってしまったのである。落とし穴もまだ生きていた。そしてパンヅの攻撃が、代打の広岡にフォアボール、続く打者もフォアボール、そしてファーストゴロで、ワンアウト二、三塁という局面を迎えた。ギャラリーは沸いた。
 打席に入ろうとする四番の根本に持田が寄ってきて声をかけた。
「ネモちゃん、どうする」
 根本は色々なシールがベタベタ貼られているふざけたヘルメットを目深にかぶり、黙っていた。
「下手したら、点はいるぜ。そうすりゃ……」
「初勝利か」
「ああ……もちろん、どっちを取るかはネモちゃんにまかせるよ。ただ、俺たちは……いや、いいんだ。ネモちゃんが判断して、広岡にサインを出してくれ」
 持田は下がっていった。
 根本がベンチを見ると、いつもはニヤニヤしているメンバーが真剣な眼差しを向けていた。そんなことは今まで一度も無かった。サングラスをしてガムを噛んで、大袈裟に足を組んでいる奴がいつもは絶対いるのに、今は一人もいなかった。次に三塁に目をやると、広岡がじっとこちらを見ていた。目には不安の色が見て取れた。
 根本は二度、素振りをした。そして、大きく深呼吸し、広岡を見た。
 誰もが固唾を呑んで見守った。
 根本は表情を変えず、胸の前で親指を立て、それをゆっくりと下に向けた。
 その指示を見て、ベンチではビデオカメラがまわされ始めた。みんなの目に涙がにじんでいた。広岡は撮影のために帽子を外すと、大きなリードを取った。やはり泣いていた。