元ゴリラハンター

 元ゴリラハンターは、ゴリラ狩をする人ではなく、むしろゴリラで、かつ元ハンターなのである。現在もゴリラはゴリラなのである。
 元というからには、現在はハンターを止めている。何をしているかというと、草一本生えない乾いた大地を果てに果てにと歩きながら、5m間隔でバナナを落としている。一体なぜそんなことをするのか、と問う人に、元ゴリラハンターは言った。
「ゴリラの楽園に、ゴリラ達を導いてみせる」
 元ゴリラハンターはそれだけ言うと、またバナナ置きに没頭し始めるのだった。
「でも、元ゴリラハンターさんがゴリラの楽園を発見できるとは限らないじゃないですか」
「ゴリラの楽園はもう見えている」
「どこに」
 元ゴリラハンターはふっとい指を、地平線の三分の一を埋め尽くそうとする沈みかけた太陽に指し向けた。
「あの、溶けそうに赤い、不気味な太陽を見ろ。そして、その周りを丸く取り囲む群青の空を。その太陽からわずかに外れた、しかし最も近い、ちょうどあそこの群青の空の下。まさにそこにゴリラの楽園がある」
「どうしてそんなことが言えるのです」
「俺が、元ゴリラハンターだからさ」
 元ゴリラハンターは、そこで何か気付いたように、手を腰に置いて力なく笑った。
「やっちまったよ。バナナは、まだ緑のやつから置いていくべきだった」
 元ゴリラハンターは、ゴリラの楽園にたどり着くのにまだまだ時間がかかることを知っており、かつゴリラなのである。
 しかし、まさにその瞬間、元ゴリラハンターが一番最初に置いたバナナに、別のゴリラ(ウホ松)が手をかけた。それは傍から見ればただの食事だが、ゴリラ史に残る偉大な瞬間であった。同時にウホ松は5m先のバナナを発見していた。
 3光年先で元ゴリラハンターはそれを感じ取り、振り向いた。が、太陽の無い地平線がただ広がっているのを見て「ウホ」と呟いただけだった。