妖精の童貞

 男が山道を歩いていると、半透明の、見た目完全に妖精なのが話しかけてきました。
「そうそう、オイラが妖精さ。ねえ、あんた、お願いを聞いておくれよ。あのねえ、この道の先には、妖精がいるんだよ。オイラとは別のもっと吹き出物の多い妖精さ。そいつは、今まで人間にイタズラをしたことがないんだよ。だから、ねえ、頼むよ。お願いだよ」
 こいつはわけがわからない。男が腰を据えて妖精の話を聞くと、こういうことでした。つまり、妖精というものはド田舎のいいにおいのする花から生まれると、まず最初に住み着く一つの道を付近から選びます。この場合、切り株があると安心、座れるし、ということです。
 妖精は、そこを通る人間にイタズラすることで場数を踏んでいきます。十回イタズラすると、その妖精は新たな別の、少し人通りの多い道に派遣されます。この異動を繰り返していくと、妖精はだんだん東京の方へ近づいていきます。最も神に近い妖精は、渋谷のスクランブル交差点の交わるところで人々にイタズラをしています。
「あいつは、へそ曲がりだから、最初の道の選び方がおかしかったのさ。誰も通らないような道を選んじまって、まだイタズラ童貞なんだ。そこをあんたが通りかかった。このまま行くと、何しに行くか知らないが、あの道通るんだろう。お願いだよ、あいつ、見境無いと思うけど、許してやってくれよな」
 そう言うと、妖精は見えなくなりました。
 男は保父さんであることもあって優しい心の持ち主でした。わかったとうなずくと、すこし楽しみにしながら、薄暗い、絶対に姿形を知らない猿の吠え声の響く不気味な道を歩いていきました。
「おい止まれ。妖精だよ! 手を上げろ!」
 男は、ああこれが噂の妖精だな、と思いました。
「おや、何か声が聞こえたようだが」
 男がニコニコしながらとぼけていましたが、急に、頭に虫取り網がかぶされました。その中には、アブラゼミが五匹から入っていたので、男の顔や頭のすぐそこでアブラゼミが猛烈に鳴きながら羽を動かして飛び交い、男はかなり苦しく不快なことになりました。
 妖精の姿は、顔に散らばった吹き出物まではっきり見えていました。虫取り網が男の頭から離れないよう、力をこめて押さえつけている筋張った腕が男にも見えました。
「よし、まず1回、1回入ったなコレ。うおおコレがイタズラか、気持ちいいぜ」
 妖精は言い、今度は葉っぱを持ち出してきました。妖精はぴっちりしたゴム手袋をしていました。そして、虫取り網をかぶったままの男の生足に、それを擦り付けました。
「かぶれろ! 三日三晩!」
 妖精は飽きるほど擦り付けると、男の靴下をずらしてその中に葉っぱを押し込んで靴下を限界まで上げました。葉っぱで盛り上がった部分を叩きながら言います。
「二回、二回目よし」
 男はアブラゼミがうるさいし固いし少し液体も感じるし、すでに足がかゆくてかゆくてたまりませんでしたが、この妖精のために我慢してやろうと思いました。
「あと8回、あと8回、いけるいける」と妖精は自分を励ましました。
「がんばろう」二人は同時に呟きました。
 妖精が虫取り網を離し、素早い動きで大きな石をひっくり返し、隠れていた湿った土をスコップで掘り出すのを見ると、男は、さあこい、と言うように襟を引っ張って服と肌の間に空間を作りました。
「うおおおお!」
 妖精は叫びながら、その空間に、スコップに満杯のった多分ダンゴムシとか入ってる湿った土を流し込みました。
「よしよしよしよしよし!」
 二人は声を合わせ、鳩尾から腹にかけてのところをバンバン叩き始めました。
「いこう!!」