帰ってきたオシャレ・ザ・沖本 〜友達をよべる家〜

 いつもなら麦茶のパックを入れていたビンに今回はダージリンティーのパックを入れたそれだけで、沖本の家はさらに二倍ほどオシャレになっていた。冷蔵庫に麦茶の代わりにアイスティーがおさまっているだけで、家全体がこんなにもオシャレになるなんて魔法みたいだ。だから沖本は友達を呼んだ。パリから帰ってきて、初めてのことだ。
「おじゃましまーす」数人の友達がわいわい入ってくる。
 沖本は滑らかな動きで、微笑みながら人数分のスリッパを棚から出して並べた。
「オシャレだな!」「二色あるのね!」
「そう、二色ある」沖本は顔色一つ変えずに言った。オシャレは平常心、それが沖本のポリシーだ。
「この傘立て、オシャレだな!」誰かが叫んだ。
「ホントだ!」「なんかこう、全体が細い線で構成されてるよな!」
 確かに、その傘立ては全体が細い線で、しかもクネクネした線で構成されていた。
「メイド・イン・フランス」沖本が言う。
「やっぱり!」「フランス製はいいと聞いてるわ!」
 友達は、何か見つけるたびにそのオシャレを叫んだ。そのたびに、沖本はそのオシャレさに説明を加えた。「貴族が使ってた」「グッドデザイン賞受賞」「ダイソンの」
「喉かわいただろ?」沖本が言う。
 ようやく「オランダだったかな、少なくともヨーロッパ製」の椅子に座った友達はうなずき、台所に行く沖本を追いかけた。冷蔵庫が見たかったのだ。
「今、ペリエをきらしてて」沖本が冷蔵庫に手をかける。
「ペリエ!」「オシャレの極みだな!」「俺達みたいな半熟オシャレは、売ってるのを見るだけだよ!」
 扉が開いた時、友達は戸惑った。あれって麦茶? と思ったからだ。
 しかし、次の瞬間、沖本がそれを手に取ってこう言った時、その心配は吹き飛ばされた。
「飲むかい、ダージリンティー」
「オ、オ、オ、オシャレだなー!」「ダージリンティーときたか!」
 友達は自分達を恥じていた。俺達は何をドキドキしていたんだ、沖本はオシャレさんとして完璧で穴がない、俺達みたいなオシャレ検定準2級が心配する必要なんて一つもないんだ。ごめんね沖本君、せめて烏龍茶であってと思った私を許して。
 だから友達は遠慮なく冷凍庫に手を伸ばした。
「ハーゲンダッツが入ってるんだろ!」「製氷機で作ったやつじゃない氷も買い置きなのね!」
 この瞬間、沖本の平常心が揺らいだ。
 無類のアイス好きとしてもパリで名を馳せた沖本にとって、冷凍庫だけが唯一、オシャレプレッシャーから解放される場所だった。ここ日本の普通の家にはジェラートなんて無い、そこには、製氷機で作った氷はともかく、「ガリガリくん」「スイカバー」という世界でも類を見ない、手先が器用大国日本が生んだ二大ダサいアイスが箱である。
 絶体絶命、沖本は友達を止められるのか? オシャレ男の運命やいかに!