サラリーマン出陣

 汗だくのシャツに彩られたJR松戸駅の3番線にいる誰もが、日本の通勤システムに疑問を覚えていた。電車はなかなかこないし、来ても「来たと思ったらこれかよ」というパンパンさ。「俺たちは寿司じゃねえ!」と寝る前に叫ぶのがサラリーマン達の悲しい日課になっている。その寿司だって月に一回食べられるか食べられないかだ。サラリーマンは悲しくなった。
 夏が近づくに連れてフラストレーションはたまる一方で、「ホームにも冷房つけろよ!」と無茶なことを言うサラリーマンも、ハゲているサラリーマンと同じ割合で出始めた。もう限界かと思われた。
 そんなある日だった。
 上司への苛立ちとうだるような暑さでスチームサウナ状態の3番線に「電車がまいります」のアナウンスが入って少しして、いつもと違う音が響くのをサラリーマン達は感じ取った。
 パカラッパカラッパカラッ。
 ざわざわする3番線、サラリーマン達は一斉に柏方面を見る。
 近づいてくるのは、見慣れた銀に青色の線が入った通勤快速ではなく、何千頭の馬だった。何千頭の馬が、徐々にスピードを緩めながらやってくる。サラリーマン達はあまりのことにネクタイを締めなおした。
 馬が3番線いっぱいに停止した。
「松戸ぉ、松戸です」馬が言う。
 しばらく誰も動けなかったが、上野方面の列の最後尾に並んでいたはずの年収一千万円以上のサラリーマンが、毅然とした態度で前に出てきた。ビシッとしたスーツを着ている。CMでやってるようなものとは一味も二味も生地も違う。サラリーマン達の目は釘付けになった。
「乗らないなら、お先に失礼するよ」
 年収一千万円以上のサラリーマンは見下した感じも無く礼儀正しく言うと、一頭に近づき、ちょうどプラットフォームの高さにある背中に颯爽と飛び乗った。手綱をしっかりと握る。
「次は北千住」馬が言った。
 パカラッパカラッパカラッ。凄いスピードで線路の上を走っていき、馬と年収一千万円以上のサラリーマンはあっという間に見えなくなった。
「エリートサラリーマンに続け!」誰かが言った。
 サラリーマン達は次々と馬に飛び乗り、会社へ出陣した。何千というサラリーマンが、涼しい風を受けながら江戸川を越え、次々と千葉県から東京都へ入っていく。それは夢のような光景だった。