たかの1巻

 たかの1巻が出た(作品の話はしない)。
 たかの1巻が出るなんて、ネットでやりとりを始めた十数年前には夢にも思わなかったし、初めて会った八年前も思わなかったし、たかさんがちゃんとマンガを描いて色々動き始めていた五年前ぐらいに逆に一番思わなくなった。その頃にアドバイスを求められても「背景を描くのはどうですか?」としか言えなかったし、去年のいつかにどこかで会った時も、もう連載に向けて動き始めている感じだったのに、たかの1巻が出ることには考えがいかなかった。
 でも、今、たかの1巻が出ているし、四回笑った。
 『ナニワ金融道』の青木雄二が初めて描いたマンガを「盛場ブルース」という。アパート暮らしの主人公が盛り場のウェイターのバイトで頑張りつつ「俺はいったいどうなるのだろうか?」とか絶望してるマンガで、おそらく自身の仕事経験を下手なりに一生懸命描いているというだけの作品という感じでたいていひどいのだが、背景が描き込んであるので五年前のたかさんより断然良い。
 僕が「背景を描くのはどうですか?」と言う時も、青木雄二のことを考えていたし言ったこともある気がするけれど、こうしてたかの1巻が出た今になって『盛場ブルース』を思うと、一時期にたかさんが描いたり書いたりしていたコンビニバイトでの経験と絶望によく似ている気がして、けっこう感慨深いものがある。
 青木雄二はその原稿を姉に送っていて、添えた手紙にこう書いている。
「もしも私が劇画家になったならばこれは貴重な物となるであろうから大切に保管しておいてもらいたい。仕事から帰って毎日インスタントコーヒーをすすりながらペンを走らすきょうこの頃です。」
 インスタントコーヒーをすすっておけばいいものの、たかさんは毎日ファミチキだのアメリカンドッグだの、とにかくホットスナックでまとまった借金をつくっていて、そんな中で背景のほとんどないマンガを描いたり、他人のために同人誌を出したりしていて、なぜそんなことができるのかよくわからなかった。でも、その間も、マンガ家になりたいということはずっと言っていた気がするし、そういうところは青木雄二みたいだったかも知れない。
 今、たかさんとは年に一回、会うか会わないかというぐらいで、僕は他の誰とも会わないからそれでも一番よく会う人なのだが、いざマンガ家になって連載が始まったり単行本が出たりしても「おめでとう」という気持ちが僕にはあんまりよくわからず、そうすると節目にも特に伝えることがないので、連絡もあまりとらない。会うごとに松本人志の話だけは絶対にするが、そのトーンも年々下がるばかりなので、次会っても何を話せばいいかわからない。
 これを書くために時系列を確認しようとラインを見たら「今年も終わりなので来月ご飯食べませんか?」というメッセージが11月19日にきていた。一事が万事この調子だから人との関わりなんてあってないようなものになっていくのだけれど、本当にたかさんだけはそれでも話しかけてきてくれるからなんか変だと思うし、それはこの界隈には珍しくバズることなくマンガ家になった後でも変わらない。ずっとそういう人だということがありがたいし、誇らしい。そういう人が1巻を出せる。

 

契れないひと(1) (ヤンマガKCスペシャル)

契れないひと(1) (ヤンマガKCスペシャル)