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十一月の朗読

 教室の南側は全て窓ガラスがはめこまれているというのに、その日の天気を覚えられていない。学活の時間を二時間とって予告されたお楽しみ会の、二週間前から準備されたお楽しみは、十名の出し物からなっていた。
 その中でも、ノブヒコが楽しみにしていた唯一の出し物は一番最初にあった。
 今、隣の席の的場さんは、肩より長い髪を耳の後ろにかけて、先生の話を聞いている。とても細い黒髪は、こうして毎週金曜日に着てくるグレーのワンピースにかかるとちょっと金色に光って見えるのだった。横顔では、小さく高い鼻、少し空いた唇の上と下、丸くとがったあごが整列して四つの半島をつくっている。冬の夜の円形広場のような白い頬は、その丸い突端の奧に目を潜ませて、ノブヒコに見えるのは、ぴんとはねた睫毛の束だけだ。
「じゃあ、机を後ろに寄せましょう!」先生がパン、パンと手を叩いて言った。
 ノブヒコはいつまでも的場さんの方を見ていたわけではなかった。前を向いたままはっと我に返ったが、先生が言い終えるより早く騒がしい物音に包まれた教室でそんなことは取るに足らない。ノブヒコの列だけ引っ込んでいくのが著しく遅れながら、子供たちは大きく空いた教室の前の方に固まって座っていった。
 的場さんの出し物は朗読だった。このような盛り上がりに欠ける出し物が成立したのも、彼女の有無を言わさぬところのある魅力によるところが大きかく、白羽の矢が立ったと言う方が正しかった。
 司会は誰だったろう。岡安だったろうか、とにかくその言葉があって、的場さんはみんなの前に歩み出て、華奢な体をこちらに向けた。
 丸くない襟が白い首もとにまっすぐ線を引いている。それと平行の線がワンピースのおなかのあたりにある、それはちょうどその下にある的場さんの体を思わせるような幅のファスナーつきのポケットで、絶妙にもたついた厚みの蓋のせいでファスナーは見えないけれど、銀の小さな持ち手が端からしずくのようにのぞいている。彼女と仲の良い伊能さんや倉田さんが戯れに後ろから回した手を突っ込んでいたりしていたそこに手を差し入れて、的場さんは音もなく一冊の文庫本を取り出した。
 一礼して顔を上げた。ノブヒコは目を凝らした。首の後ろを自分でつかんで、顔を揺れないようにした。
 太くて薄い眉は下がって、いつでもはにかんだような奧二重の目は大きくない。それでも貧相に見えることがないのは、下のまぶたが瑞々しい余裕をもって縁取り影をつくるせいだ。その影と眉の両端を結べば、おおらかな紡錘形の額縁が「目元」という名で現れる。その重心で、くもりのない白目に浮いた大きな黒目がちら、ちらと動いて、自分の方を向くことはない。
 的場さんが本を捧げるように持つと、ノブヒコからは、上半分の鼻筋が筆で光に溶いたように見えない鼻も、この世のぜんぶにあらかじめ微笑みをそなえておくような口元も、何も見えなくなってしまったのだった。
 しんと静まった教室で朗読は、お楽しみ会の幕開けに反して、パーティーの終わりから始まった。

 

 みんながひきあげてしまうと、あとにのこったフィリフヨンカは、げんなりした気持で、台所のまん中に立っていました。なにもかも、てんやわんやです。花づなはふみつけられているし、いすはひっくりかえっているし、ムーミンパパのちょうちんは、やたらと、ところかまわず、なんの上にでも、ろうをこぼしていました。フィリフヨンカは、ゆかにおちていたサンドイッチを一きれ、ひろいあげました。なにげなく、ちょっとそれをかじり、それから、ごみバケツの中にポイとなげすてました。
「いいパーティーだったわ」
 と、フィリフヨンカは、ひとりごとをいいました。

 

  これをみんな、どんな風に聞いていたものか。
 的場さんが、日頃、つまり朝の読書の時間や、休み時間の誰も友だちが話しかけたりしてこない少しの間に本を持って、頭の中に、どんな調子で透明な声を響かせているのかということがわかるのは、ノブヒコにはとてつもない出来事だった。
 そしてそれは、こんな風かと一人でぼんやり考えてみるよりもずっとたどたどしかった。たどたどしいと言うよりも、一つの句点や読点に、なめらかな声の運びが辿り着くと、そこで何か考えるように、今まさに考えているように、ふっと間が空くのだった。

 

 

 フィリフヨンカは、ハーモニカに口をあてて、ふいてみました。右へうごかしたり、左へうごかしたりしながら、音色に耳をすませました。食卓の上にこしかけました。あれは、どんなふしでしたっけ。ティードロ、ティードロ……。ふしをまちがえないでふくのはむずかしいわ。フィリフヨンカは、もういちどふいてみました。いろんな音色をふいてみながら、耳をとがらせました。

 

 ノブヒコは、ふっと空いた間のその奧にまだまだ的場さんの声があるのだとわかった。彼女と仲の良い伊能さんや倉田さんでも聞いたことのない声。音よりも息に近いその声を、ノブヒコはせいぜい、耳をちぎりたいほど聞きたい、というような言葉で思いかけたにちがいなかった。

 

 最初にきこえる音色が見つかりました。二ばんめは、ひとりでに出てきました。ふしどおりうまくふけそうになって、するっと、調子はずれになりました。でも、また、もとにもどりました。つまり、感じでふいていけば、しぜんにうまくふけるのです。どうだったっけなんて、あれこれ考えながらふくことはないのです。ティードロ、ティードロ、さあ、もう、あのふしが、そっくりうまく流れだしました。どの音色もぴったり、その音色のところにおさまって、もんくのつけようもありません。
 フィリフヨンカは、何時間も、何時間も、食卓にこしかけたまま、感じで音色を追いかけながら、われをわすれて、ハーモニカをふいていました。音色をならべたような感じから、ふしらしくなり、そのうち音楽らしくなってきました。フィリフヨンカは、スナフキンの歌をふきました。それから、自分の作った曲もふきました。フィリフヨンカは、そばに近づきにくいほど、いっしんになってふいていました。心の中は、すっかりやすらかにおちついていました。人がきいていようが、いまいが、もう、とんじゃくしませんでした。

 

 ノブヒコにもフィリフヨンカのように思えたのは、声の抑揚が少しずつなだらかになっていって、しまいには耳鳴りまでしているような気がしたからだ。
 そこにフィリフヨンカの吹いているハーモニカの音はなんにもなかったのに、彼女の姿も想像がつかないというのに、確かによくわかった。その文章を書いているのが自分であるかのような、頭がぼうっとしたわかり方をした。あとの部分は、ノブヒコにどうにか聞き取れた箇所である。

 

 おもての庭は、ひっそりしていました。もそもそはいまわる連中は、みんないなくなりました。だんだん風の強くなる、いつものような、暗い秋の晩というだけでした。
 フィリフヨンカは、両手の上に頭をのせて、食卓のところでねむりました。あくる朝野八時半までも、ぐっすりねむりこみました。それから目をさますと、あたりを見まわして、思わずひとりごとをつぶやきました。
「まあ、なんてちらかっているんでしょう。さあ、きょうは、ひとつ、大そうじをやらなくちゃ」

 

 おそうじが、またできるようになったなんて、すばらしいことでした。フィリフヨンカはどんなごみがかくれているところでも、ちゃんと知っていました。ごみくずは、ふわふわした灰色のかたまりになって、ほうぼうのすみっこに、ちゃっかりおさまっていました。ころころころがっていくうちに、大きく太って、髪の毛だらけになり、ぜったいに見つかりっこないと安心しているごみというごみを、フィリフヨンカは、かたっぱしからはきだしました。

 

フィリフヨンカだけは、なにも食べもしなければ、おしゃべりもしませんでした。そんなことをしているひまなんて、あるわけないし、また、する気にもなれないのです。口ぶえは、ときどきふきました。かろやかで、きびきびした身のこなしです。フィリフヨンカは、まるで風のようにうごきまわりました――ここにいたかと思えば、またあっち。そうしているうちに、フィリフヨンカは、きゅうに、また、たまらなくさびしくなりました。おそろしくもなってきました。なぜ、こんな気持ちになったのかしら。わたしは、ただの大きな灰色のごみのかたまりになっちまったんじゃないのかしら。考えてみても、そのわけは思いつきませんでした。