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『第1回ガキの使いやあらへんで!! チキチキ クニヤス自由研究最悪裁判』

創作

 「おじいちゃんの七つのカス」という自由研究が大問題になったぼくは、いよいよ教育委員会から呼び出しを喰らってしまった。いったいどうなってしまうのだろうか。
「大丈夫だ、クニヤス。先生がついてるぞ。お前の自由研究はいいものだった。自信を持つんだ。まとめサイトにさらされたからってなんだってんだ。どーんとかまえてりゃいいんだよ! ジュース飲むか!?」
 尾形先生は電車で、でかい声でぼくを励ました。こういうところがいやなんだ。周りの人がチラチラ見てはスマホを手に取り忙しそうに指を動かす。それに、ぼくの自由研究を最初にSNSでさらし上げたのはあこがれの坂田さんだ。
「マンゴーラッシー」
 これが飲まずにいられるか。「教育委員会上」駅で下り、改札を出ると直でエレベーターのドアだった。恐る恐るエレベーターに乗ると、自動的にドアが閉まり、スカイツリーエレベーターのスピードで、どんどん地下へ降りていった。
「本当にやばい組織は上でなく下に建てるんだ」と先生が教えてくれた。
 エレベーターが音もなく止まった。そして、止まった瞬間に床が抜けた。
「う、うわーーーーーー!!!!」
 と叫び声を上げながら落下する。真っ暗だ。
 死んだ。落ちながら思った。でも、先生とぼくは感覚だけを頼りに手をとりあった。先生は何も言わずに、ぼくを包みこむように抱きすくめてくれた。
 ああ、先生、とぼくもそれだけを思った。いやだなんて思ってごめんなさい。
 すると、先生はぼくの肩に手を置き、ぼくを大人の力で下に追いやり、やがて空中で、完全にぼくの背中の上に立った状態になった。ぼくはうつぶせのまま落ちて、全身に風を浴びまくり、先生が足場を整えるのを感じていた。
「こいつ……っ」
 と思っていたら急に激突した。身体の前面に大きな衝撃、死んだと思ったら息苦しさと冷たさが同時に襲ってきて生きているという感じがした。水中に落ちたのだ。
 バチャバチャ暴れて顔を出すと、ぼくはバラエティ番組でよく見る透明な風呂の中にいた。そこは10m四方ほど広くの明るい部屋で、4台の日焼けマッシーンが置いてあった。一番左のマッシーンがゆっくりと開いた。
 強烈な青い光とともに、おじさんの足の裏が現れた。角度的にそれしか見えなかった。
「あれは……おじさんの足の裏…!?」横でまだ20代の先生が言った。
 ぼくは先生をにらみつけた。よくも、ぼくを踏み台にしたな。先生はぜんぜんぼくの方を見ない。挙げ句、水をすくって思いきり音を立てて顔を洗った。
 顔を戻すと、少し向こうからおじさんが持ち上げた顔が少し見えた。メガネをかけているが、それに光が反射して顔はよく見えない。そこから声が聞こえた。
「これより『第1回ガキの使いやあらへんで!! チキチキ クニヤス自由研究最悪裁判』を開廷いたします」
 始まりを告げるスクラッチ音が流れる中、ぼくたちはずぶ濡れのまま、日焼けマシーンの前に立たされた。
 今度は一番右の日焼けマッシーンが開いた。一番左はゆっくり閉じた。
「被告は、『おじいちゃんの七つのカス』と題して、自分の祖父の目くそ、耳くそ、ふけ、ひじのかさかさ、かかとのかさかさ、爪の甘皮、いんきんのかさぶたを黒い画用紙にセロテープで貼りつけ、夏休みの自由研究に提出し、その著しく倫理に欠けた行為によって、祖父の人権を傷つけ、大多数の善良な同級生たちに不快な思いをさせるとともに、教育的悪影響を及ぼしたものとして、死刑を求刑します」
「し、死刑!?」ぼくは驚いて叫んだ。
「ちょっと待ってください」と先生も言った。「死刑というのは、冗談ですよね? その程度のことで、あんまりじゃないですか?」
 その言葉で、一斉に日焼けマッシーンが開いた。
「この程度のこと?」右から二番目の日焼けマッシーンが言った。
「おじいちゃんの気持ちはどうなる!」「おじいちゃんのカスを見せられた子どもたちはどうなる!」「鬼の子だ!!」「これ以上、問題を起こすんじゃない!!」
 日焼けマッシーンが連続で開いたり閉じたりした。そのたびに青い光が部屋中にばらまかれるようで、目がクラクラする。
「お待ちください!!」先生がびしょ濡れで叫んだ。
 すべての日焼けマシーンが半開きの状態で止まった。
「確かに、クニヤス君はいい子ではないかもしれません」先生は穏やかな口調で言った。
 ぼくは先生を見上げた。先生は一つ一つ思い出すように目を細めた。
「勉強もできない、運動神経も悪い、授業中立ち歩く、すぐに人を嫉む、スカートをめくる、プールで体にさわる、女の子も隣の席になりたくないと言います。担任である私も手を焼いています。今日も割高のジュースをおごらされました」
 そこで先生は少し笑った。ぼくは何も言うことができず先生の話を黙って聞いていた。そんなことは初めてだった。
「メダカを死なせる、石灰をばらまく、上に向けた蛇口に糊をたらしておく、ウサギを逃がす、カメをひっくり返す、人の筆箱を隠す、あるいは水を入れておく、メガネケースを隠す、あるいは水を入れておく、目ざとく見つけた生理用品を隠す、カギっ子2人のカギを盗んで交換しておく、ガムテープを貼りつけて音もなく窓ガラスを割る、職員室に害獣を放つ、ひどいものです。証拠を一つも残さないので糾弾は出来ませんが、まちがいなく彼なのです。学校の全ての人間が彼を嫌い、一刻も早く引っ越してほしいと思っています」
「なら、なおさら死刑に値する!」「マスコミが嗅ぎつける前になんとしても殺さなければなるまいぞ!」「これ以上、問題を起こすな!!」「死刑だ、死刑!!」
「なるほど。全ての人が彼から被った心の傷を合わせることができたら、もしかしたら彼は死刑にすら値するかもしれません。私も、この子は将来、確実に人を殺すだろうと考えています。彼の家族も心配しています。そのうちの1人、今回の自由研究の被害者である彼のおじいさまも、さまざまな被害にあわれています。盆栽を割る、金を万単位で盗む、杖に切れ目を入れる、入れ歯に白い絵の具を塗っておく、軽トラックのマフラーをホースでつないで車内に引き入れておく、被害総額は、治療費も合わせて300万円にのぼります。しかし、彼はただ1人の孫を本当の意味で忌み嫌ったでしょうか? 」
 少しずつ、日焼けマシーンの扉が閉まっていった。
「しかし、そんな人間に育ったのも親の責任だろう」「教育現場の、ましてや教育委員会に迷惑をかけるんじゃない」そこで彼らはにわかに元気を取り戻した。「足立区が目指すクリーンな教育の邪魔者は消えろ!」「問題を起こしてはならないのだ!!」「家族ともども自殺しろ!!!」
「なるほど……。家族の影響も否定できません。しかし、彼の家族は、誰もが羨む善い子になってほしいという願いを持たなかったでしょうか? 彼は様々な知識を与えられて育ちました。そうでなければ、あのような数々のイタズラを証拠も残さず出来るはずもない。それでも、家族がこのモンスターを作り上げたのでしょうか。また、彼自身が自分をそのように仕立て上げたのでしょうか。それを正しい道に引き戻せなかった全ての責任は、血のつながりの中で完結してしまうのでしょうか。私はそうは思わない」
 ぼくは泣いていた。誰も言ってくれない言葉を言われたから。その言葉が、ぼくの心にあいていた穴にぴったりはまった。そして、そこで初めて、その穴こそぼくがぼくのような人間になってしまった原因のような気がした。
「クニヤスくんが自由研究の提出をしたのは、今年が初めてです。5年生の夏に、彼はやっと、初めて宿題というものを提出しました。それが悪ふざけやウケ狙いであることを、彼のおじいさまが見抜けていなかったはずはありません。なにせ、自分から出た老廃物のカスを紙に貼っただけなのですから。それでも、彼は喜んで手伝った。手がかかり、人様に迷惑をかけ、他人から非難される。そんな理由で家族に愛されない子どもがいるでしょうか? その子がより良くなるための力添えを放棄する家族がいるでしょうか? いえ、そんな家族もこの世にはいるようです。だが、彼のおじいさまはそうではなかった! おじいさまは、どんなに殺されかけても、どんなに憎むことがあっても、孫を愛することはやめなかった。やめることができなかった。おじいさまは、喜んでわずかに残された頭髪をかきむしりフケを出したと言います。金玉をかきむしって翌日のかさぶたを慎重にはがしたと言います。それは、日本中の至る所で見られる、孫に協力してやる『普通』のおじいちゃんの姿ではありませんか? 責任の所在は明らかではないのです! あなた達はまちがっている! あなた達はいつもまちがっている!!」
「しかし――」
「彼のおじいさまは、今朝、亡くなりました」
 日焼けマシーンが全て開け放たれて止まった。その青い光で、ぼくの心臓は凍りづけになった。どういうわけかさっきよりも中の人間の体がよく見える。
 おじいちゃんが死んだ? 中年のかろうじて隆起する腹をぼんやりながめながら、何度かくりかえした。おじいちゃん。よくわからない。ぼくは今や頼れる存在である先生を見上げた。
「だいじょうぶだ」と先生がぼくの顔に口を寄せて耳打ちした。「今朝、殺しておいた」先生は、これで勝てるぞとばかりにニヤリと笑った。

 

※ 本来「ダウンタウンガキの使いやあらへんで」の裁判シリーズでタイトルコールが行われることはない。