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ワインディング・ノート16(宮沢賢治・『銀河鉄道の夜』・科学)

 となると、遠慮がちな賢治の考えを推測すると、この世を幸福にするのは「宇宙意志」であり「科学」によってできていないということになります。
 だとしたら、大学士はいったい何をしているのでしょうか。こう言ってもいいでしょう、賢治は、どうして「宇宙意志」に相反する存在である科学者の端くれの姿を「銀河鉄道の夜」に登場させたのか。

 自分で問いを立てておきながら、対する答えは、僕としては簡潔に出てくるような気がします。
 そのヒントは、第一次稿に出てくるブルカニロ博士にあるでしょう。この人物は、第一次稿では、ジョバンニを「ほんたうの幸ひ」を探究(探求ではない)する存在へと導く重要な存在です。銀河鉄道での旅という夢をジョバンニに見させた挙げ句、今の記憶をわすれずに現実をしっかり生きていくんだと言い、「切符をなくすな」とジョバンニを送り出すのですが、なるほど、こう紹介したあたりで、先ほどまでに書いていた賢治の思想とは相容れないものであることがわかります。だって、これは「科学」だし、それもかなりマッドなやつではありませんか。
 第四次稿では、この科学は排除されました。その頃の賢治の考えは、この世界というのは、「科学」ではなく「宇宙意志」によって幸福へ到達するのですから、そんな人がいていいはずはないし、いてもジョバンニを導く存在であるはずがない。

 では、その「博士」と代わるように科学を担って出てくる「大学士」と「博士」は何がちがうかというと、単純に偉いか偉くないかということが言えます。博士号をとれば博士で、それでなく大学に通っておれば「大学士」と区別できます。ただ、1930年代に大学に行っている人なのですから、今の大学生とちがうのはお察しです。
 賢治の話に登場する大学士といえば「楢ノ木大学士の野宿」が思い出されますが、とはいえ、これはなかなか間抜けな感じです。鉱石を取りに来たらむにゃむにゃ夢ばかり見て恐竜に食べられて帰ってきて結果も残せないし、まったく「博士」のようではないのです。とにかく、科学の知識によって人を導いたりできるような存在ではない。
 宮沢賢治が「博士」ではなく「大学士」を選んだわけは、「科学」の印象を控え目にさせるためでしょう。大学士の言うことを助手たちが全然聞いてくれないのも、そうした印象を補強し、大学士をますます「デクノボー」に見せるようです。

 この考えでいくと、①になってしまいました。「けれども」以下は、「科学」を否定する言葉が入るのでしょうけれど、僕なんかが埋めるわけにはゆきますまい。

① ここが厚い立派な地層であることを「ぼくらとちがったやつら」に証明するのに要るんだ。けれども……

「いや、証明するに要るんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠もいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨が埋もれてる筈じゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。


 賢治は、一科学者でもありました。鉱物の知識を有し、化学や気象や地質を含んだ農学の知識を広く農民に教えました。
 その賢治が、人間を幸福にするのは科学ではないと考えたのはこれまで書いてきた通りです。何かを証明するのは「科学」にまちがいありません。そして「ぼくらとちがったやつら」に証明するということであれば、それは科学の普及に他なりません。
 でも、科学を普及させても、絶対に幸福にはたどり着けないようだ、というのが宮沢賢治がたどり着いた信念でした。
 それでもなお、賢治は科学を悪しざまに否定するわけにはいかなかったでしょう。
 質屋の息子に生まれ、自然の起こす不作凶作のたびに農民がこぞって家財道具を質入れしにやって来る姿を目にし続け、そのおかげで裕福な暮らしをし、勉強することもでき、その科学的知識を彼らに還元してきた賢治としては、人間を幸福にするのは科学ではないなどと、自己否定的な言葉を言えるはずもないのです。いや、わかりませんが、僕にはそう思えるのです。
 だから、「けれども」のあと、大学士は言葉を寸断されるのではないかと僕は思います。彼は、逆接のあとにのぞいている世界にさりげなく目をそむけて、科学に目を戻し、発掘を続けるのです。賢治は、その先の言葉をくらませ、少しとぼけた大学士を科学へ邁進させたままにさせるのです。科学を否定する言葉はついに書かれない。

 では、賢治がそれをあきらめたかと言うと、そうとも言い切れません。ここで、是非とも、「北十字・プリシオン海岸」の続きを読んでいただきたいと思います。

 「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラが地図と腕時計とをくらべながら云いました。
「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。
「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙がしそうに、あちこち歩きまわって監督をはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝もあつくなりませんでした。
 こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。
 そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座って、いま行って来た方を、窓から見ていました。


 なぜ、二人は「ほんとうに、風のように走」れるのでしょうか。なぜ、宮沢賢治は、二人を「ほんとうに、風のように走」らせるのでしょうか。
 僕はここまで書いてきて賢治の「けれども」にひどく感銘を受けていますし、大学士と別れたあと、「立派な地層」ではなく「白い岩の上」を「ほんとうに、風のように走」る二人に、なぜか感動も覚えています。

 

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読 (岩波現代文庫)

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新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)

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