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ワインディング・ノート1(フーゴー・デカルト・共同体)

 もう10年近く書きためたノートがある。
 読んだ本からの引き写しを並べたノートで、最初の2冊はなくしたが、大学に入って書き始めたものが3冊残って、今は6冊目になっている。
 100ページのキャンパスノートにびっしり書いてあるので、もうどこに何が書いてあるか自分にもわからないが、時折、考えあぐんだりすると、でたらめに見返してみて、ふと目にとまったものが大きな助けになってくれたりする。
 自分は今、ここにある古今東西の人たちと、これまでよりも本格的に、長々と考え事をしたい気分になっている。
 自分より考えた人たちの言葉によって考えなければ、自分が滅びるような感覚が永らく心の内にある。

故郷を甘美に思う者は、まだくちばしの黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、既にかなりの力を蓄えた者である。全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である。

 
 最近読んだ柄谷行人の『言葉と悲劇』に孫引きしてあったので、ひ孫引きになる。スコラ哲学者サン・ヴィクトルのフーゴーなる人の言葉らしい。サイードが『オリエンタリズム』で引用していると書いてあったので、読んだ記憶も引き写した記憶もあり、ノートをさがしてみたら、②と表紙に書かれたノートに、何も考えず、なんとなく気に入って引き写していると思われる暢気な字があった。

 人間が集まれば、どうあれ郷はできるだろう。それを共同体と呼んでいい。
 「故郷を甘美に思うもの」は、血縁や地域的な共同体に安住するもののことである。
 「あらゆる場所を故郷と感じられるもの」は、それを超えた普遍の理性や真理を信じることができるもの。
 「全世界を異郷に思うもの」については柄谷行人の助けを借りたいが、柄谷は「あらゆる共同体の自明性を認めない」態度をとるものだと書いている。つまり、共同体の内と外を分けずに無効化するタイプだ、と。それは、普遍の理性や真理を信じることとは異なっている。共同体とは、人間がそこでしか生まれない限り、条件としてある。その条件について考えようと、共同体から自由になれるわけではない。ただ、その考え、知性の営みだけが自由であるだけだ。しかし、その自由は、「全世界」の中でこそ可能であるが故に、超越はできず、「異郷」と思うより仕方がない。

 「よく隠れし者は、よく生きたり」とはデカルト座右の銘だ。オヴィディウスの悲劇にある言葉らしい。
 デカルトは、各地を旅する中で、国により地方により人が様々に生きる姿を見た。風習は風土に基づき偶然的に発生している単なる習慣に過ぎず、そこに新たな原理はなかった。ましてスコラ哲学のような抽象的学説に支えられているような世界もなかった。彼はカソリックが主流のフランスを離れ、「都市であり、砂漠」というオランダはアムステルダムに隠れ住んだ。

・住んでいる国・地域の法や慣習に従う
・選択肢があった場合、より成功しそうなことを選び,一度決定したことには従う
・世界の秩序よりも自分の欲望を変えるように努め、不可能なことは望まない

 
 簡単にまとめてしまったが、暫定的な道徳とした3つの格率は、「全世界を異郷に思うもの」であることを如実に示している。
「住んでいる国・地域の法や慣習に従う」者とは、その「従う」という言葉のもつ意味によって、「よく隠れし者」「全世界を異郷に思う者」であることを証明している。
 デカルトの哲学を追えば、彼は「故郷を甘美に思い」つつ「あらゆる場所を故郷と思い」つつ「全世界を異郷に思うもの」として現れてくる。
 だからこそデカルトはとてつもない哲学者であるわけだ。

 全世界を異郷に思うからと言って、法や慣習に従わないでいることはできない。従わなければ、どこにも「者=人間」として存在することなどできないのだから。従わずに存在すると考えられるなら、それは「故郷」とする共同体に基づく考え方だ。
 今年亡くなった小野田寛郎も、戦後約三十年をフィリピンはルバング島の密林の中、日本の軍人として生きていた。一方、共にいた小塚金七は、そこで日本の軍人として死んだ。彼らの他にも、死んだとされて、そのまま見つからずひっそりとこの世から去った軍人が南方の島々に何人もいたことは想像に難くない。社会的に死してなお、彼らは日本人だったろう。

 共同体の法や慣習は、個人の中に染みついて、おいそれとふるい落とせるものではない。現代だってそれはそうだ。縛られたくないと言いながら縛られている。沖縄で余生を過ごそうと、そのしがらみから逃れるわけではない。終の住処を構えたはいいが、ご近所づきあいに悩まされ、舞い戻ってくる人すらいると聞く。どこにも共同体はある。このあいだ、めちゃイケで沖縄の無人島にたった一人で暮らす老人を見たけれど、彼だって、戸籍があったりする以前に、日本語で思考する日本人で、岡村隆史と何事もなく話を交わすことができる。

 日本語で思考することが、日本という言わば「幻想の共同体」との癒着を示してしまうように、共同体のある大部を「言語」が担っていることにまちがいはないだろう。言語が恣意的であり、それに縛られていると思い知ることが、「全世界を異郷に思う」条件の一つであると言っても過言ではない。
 全世界の言語の数は現在なお不確定であり、方言を含めれば際限もなく、一つの記録も残さず滅びた言語さえ隠れたままだ。それだけを考えても、この世は異郷だらけであると言えるだろう。
 言語を使うということは、共同体に属することを証明してしまう。そのため、あの「完璧である」と言われる「全世界を異郷に思うもの」を理解する者たちの言葉遣いは、自分にとって、言葉にできないほど微妙だが、確実に他と袂を分かつ、ある一つの様相を呈しているように思える。なんなれば、ノートをめくれば、どうもそんな人たちの言葉ばかりが記録されているらしい。

 次は太宰の話になる。

 

言葉と悲劇 (講談社学術文庫)

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方法序説 (岩波文庫)

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