読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

劇空間プロ野球1

創作

 野球中継がテレビから消えて30年、サイボーグ化したナベツネがようやく亡くなったころ、みんなの好きな公園でやってたアレ、つまり野球が動き出しました。
 ある晴れた日、ボルダリングの帰り道、駅のホームで、ぼくたち野球革命軍一同は、少なくともホリエモン4人分の「おもしろい息吹」を球界に吹き込むことを誓いました。
 その革命は、いの一番に、球界のメガネのドン古田敦也をとっちめ、仲間にくわえることから始まらなければなりません。
 さっそく、チョメ万チョメ千円で買収した高津をだしにして古田の自宅に押し入りました。
 当然あわてる古田。でも平気。おじいちゃんから借りたデジカメ一つでバラエティ番組を装っているから余裕。高津の「いいからいいから」などのどーでもいいアシストもあり、水玉のパジャマを着たままの古田を椅子へしばりつけます。
 しおり係が鉛筆で書いてボールペンでなぞって消しゴムをかけてくれた「作戦のしおり」によれば、ここで高津は、ナップサックにつめこまれていたニューヨーク・メッツのユニフォームを取り出し、古田の目の前で少しゆっくり目に着がえる手はずになっていました。
 シャツの上からユニフォームを着る入団会見スタイルで十分だから、形だけだから、とタクシーの中で口をすっぱくして言っておいたのに、はい、はい、ってうなずいてたのに、やっぱり外見てたからかな、高津ときたら言わんこっちゃない、おしっこしたいけどもトイレ行くのめんどうだしもう風呂に一歩ふみこむなりぶちまけてやろうという時みたいに、あわ食って服をぬいで、ゆっくり目という指示を無視してる上に、いま着る着ますからとか調子のいいこと言ってるうちに、あっという間にパンツ一枚になっていました。
 パンツのひもに指をかけて下ろす動作に入ったので、こちらも大・大あわてになり、
「おい高津!どしてそうなっちゃう。おもしろくないぞ。やめるんだ。その先やったら承知しないからな。早くニューヨーク・メッツのユニフォームを着ろよ。それに、ゆっくり目だろ。タクシーで言った作戦通りにしろ。なんでしない。どうしてだ。どしてそうなっちゃう」
 矢継ぎ早に命令をとばすと、ぜったい聞こえている高津のはずなのに、パンツに手をかけたまま、ひざをのばし、こっちをじっと見て、集中しててまったく聞こえていない高津を演じ、ゆっくりとパンツを下ろし始めました。
「高津! どしてそうなっちゃう!」
 手は止まらない。もうこうなったら彼をとめるのは無理だと観念して、
「いやいいや!好きにしろ!」
 と言葉をかけましたが、高津ときたらいきなり憮然とした顔になってふつうにユニフォームを着始めたので、ぼくは古田の目をかなり気にしてしまいました。
 ポジション・キャッチャーでならした洞察力がハンパではない上にかつての高津の女房役であるところの彼にかかれば、高津を野ばなしにして、日和って裸になるのを許したら逆につんとされて、高津をぜんぜんコントロールできていないぼくは、結論から言うと、なめられてしまうでしょう。「あ、こいつ」という過程を経るでしょう。
 そんな心を知って知らずか、また機嫌を直した高津は、古田ん家のリビングを走り回り、いたるところに季節の花感覚で置いてある古田のメガネを、返す刀のゲーム感覚で、つぎつぎに自分のふところに入れてゆきます。
 めぼしいメガネを全てしまいおえてお腹をたぬきのようにふくらせた高津がキョロキョロ、あっちにペタペタペタ…、こっちにペタペタペタ…、ちょっと走っては止まってしているので、
「高津、どして! 今、かけてるやつがあるだろ!」と助け船を出しました。
 古田はきびしそうに目をほそめながら、高津にいうでもなく、
「やめてもらえますか、あの、すいません、これだけはやめてもらえます」
 大したことにまだ平静をよそおってくり返していましたが、その声は確実にふるえていたので、びびらせるチャンスだと思い、
高田純次はメガネのつるで袋とじを破るらしい。どういうことだろうな」と言ってだまらせましたが、あんま意味なかったかも。
 高津がのぞきこむように古田の真ん前に来ました。
 最後の1個も見つかってしまって万事休すというエマジェンな事態を前に、さすがの古田もこたえているようです。おそらく、古田にいちば~んフィットするようにつくられた良くも悪くも特別なメガネだから、メガネ屋さんでつくるのに時間がかかるのかもしれません。
 その他いろいろな偶然がかさなり、こんなの長嶋のとき以来だよ、という空気が古田の部屋に充満してきました。いやおうなくボルテージも高まります。
「さあ、やらないと終らないし、そろそろ覚悟を決めてもらいましょうかね、古田さん」
 ぼくの言葉に、古田は覚悟したように目を閉じました。
 なんかコレ(目を閉じた古田)CMで見たことあるな、と思いながら、こっそり、スーツの胸ポケットからクラッカーを取り出し、ひもづまんで、引っぱ鳴らしました。
 パン!という音といっしょにひも状の祝福感が飛び出しました。
 びっくりして目をぱちくりする古田をよそに、部屋の扉が開き、ヤクルトスワローズのユニフォームに着がえた高津に車いすを押されて、我らが浜ちゃんが入ってきました。もう、よぼよぼでしわしわで、ちっちゃい。ちっちゃいけど、浜ちゃんだ。
「浜ちゃん!」とぼくは叫んでいました。
 シンカー軌道でゆっくりと古田に横づけされた浜ちゃんは、耳元にくちびる寄せて、
「古田、もうええんちゃうか」とつぶやきました。
「一緒に、新しい野球をつくろうや」
「はい……」
 古田は浜ちゃんにだけは頭が上がらない。そんなことはわかっていました。わかっていましたが、それでもなお、その感動的な光景にみんな涙を流しました。むろん、古田も泣いていました。
 ぼくも泣いていました。この作戦をやって本当によかった。「とどめの浜ちゃん」をやって大成功だった。ていうか浜ちゃんを初めて見た。それ見たことか……ダウンタウンが好きでよかった……!
「不覚にも」
 ほんのり赤い目元をおさえて、はにかんで、ぼくたちはそれぞれの電車で帰りました。
 でもね、今日まではお遊びみたいなもの。いよいよ明日から本格的にがんばろう。野球の夜明けはすぐそこまでせまっていました。
 次回「勘ピューター、爆発」