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熟慮の余裕(『アイヒマン調書 イスラエル警察尋問録音記録』)

 一刻も早く風呂の掃除をして風呂に入らなければ明日朝からの仕事がつらい。シャワーだけでは疲れは絶対にとれないから、湯を張らなければいけない。
 冬休みにあたる時期、塾講師の仕事は忙しく、普段はそうでないのが売りのくせにそれなりにぴりぴりした空気が醸成された狭苦しい教室内では、自分もまたそうした振舞いをしなければならないので、実につらい。嘘。つらくはない。何も考えず過ごしている。今すぐにでも辞めてやりたいが、ふとした時に湧いてくるやる気がないわけでもない。アドルフ・アイヒマンの気分である。

 この愉快きわまりない本によれば、アイヒマンはナチス親衛隊以前の若い 時分、いくつもの学校を中退し、仕事を転々としていたという。後々、ユダヤ人を死に供給し続ける務めに素晴らしい仕事ぶりで従事した彼に、そうした仕事 ――鉱山工場、電器販売員、石油会社の営業――の何が気にくわなかったのだろうかと思ったりするが、そんなことは何の関係もなく、たまたま最後の仕事であるユダヤ人の本質的な口減らしが長続きしたという印象を持たせるのがこの人間の面白いところで、石油会社の営業はやめたというよりやめさせられたらしい。 唯一の独身者だからリストラの対象になったとアイヒマンは語るのである。

アイヒマン 私自身はむしろクビになってよかったと思いました。でも両親は納得しませんでした。私は約五ヶ月間の猶予をもらい、その年の終わりまで社に留まりました。
レス それからまたリンツの実家へ戻ったんですか?
アイヒマン  実家へ戻って私は、これからどうしようかと考えました。父親の会社はすっかり駄目になっており、財産はなくなっていました。それでも父は24年間働いた電 機工場関係の人脈があったので、何とか電機工場関係の総代理店を出せないかと動いていました。彼はまずフィリップス・ラジオの総代理店を出し、次にヴァルタ電池の総代理店を出しました。でも私はラジオや電池のセールスには興味はありませんでした。何となく、石油関係の代理店が持てないかと思っていました。それも大手ではなく、中堅どころの会社の代理店を考えていました。私は、特に上部オーストラリアには大勢の顧客を持っていましたから。――ところが、そん な準備をしていたころ、何かで支障をきたしました。何だったかはよく覚えていません。何か場所の問題とか経済的な問題とか――いずれにしても、たしかエファーディングにいる最初の顧客を訪問したあとで、私はあきらめたんです。自分にこう言いました。私は独逸国籍を持っているんだ、と。
 それでドイツへ行き、ドイツのバキューム・オイル社を訊ねたんです。
レス その決断をさせたものは何だったんですか?
アイヒマン まぁ、私もまだ若かったし、それまでも勤め人でやってきたので、商売をするにも上の指示がないと心細かったんでしょう。よく分かりません。いずれにしても私は自営をあきらめて、両親にドイツへ行くと告げたんです。
(P.7)

 ここになんだかこの人物が象徴されているような気がするが、「よく分かりません」と話した時、彼の胸中にどんな思いがあるのだろうか。「上の指示がないと 心細い」という言葉が自分に突きつけられたように感じて、それに対して「よく分かりません」と否定の混じった言葉を発したのか、とにかく彼は無意識に出た 己の言葉に、何らかの違和感を感じ、すぐさま否定している。
 さっき、僕は「ユダヤ人を死に供給し続ける」と書いたが、もともとは「死にユダヤ人 を供給し続ける」と書いていたのを直したのだった。なぜ直したろう。修辞に何か意味があるとでも言うのだろうか。そして、仮にそれがあるとして、誰がそれ を問題にするというのか。しかし、違和感というのはそうしたものだろう。
 無性に誰よりもアイヒマンと友達になりたい。遠く離れて話すこともない友達。死んでも悲しくない友達。
  日々の労苦が、カップの底に飲み残して染みついたコーヒーの渋のように固まっている。時間を切り詰めることである程度長い眠りにつき、今日こそ疲れを取り除いたと思っても、こそげとれないその澱みが目について、一向に体調が万全になった気がしない。そしてそれを気にしてもいない。
 子どもが希望の中学校に行けなかろうが、それがなんなのか。そこそこやることをやって、どこに進学したところでいい人間になって欲しいと思うが、これまでの人生で自分が出会ってきた男や女になるのが関の山なのだろうから、本当にいやになる。
 彼や彼女のせいではないし親のせいでもなければ社会のせいでも政治のせいでもないだろう。

  アイヒマンが、黙々とユダヤ人を処理し続けたように、目の前の仕事や雑事を処理し続けているような気がしてくる。それが良いことなのか悪いことなのか態度を保留していることについて頭を巡らせ始めると、自己弁護の柵の中で、あらん限り率直に尋問に答え続けるアイヒマンの顔が電灯に照らされて浮かび上がってくるようだ。
 それは、彼の得意分野でもあり、尋問の時間は彼の精神衛生上にもありがたいものだったのではないか。タバコも好きなだけ与えられていたようだ。しかし、守衛が彼を連れ出し、裁判官の前に立たせたとき、死刑の時が来たと勘違いして棒立ちとなり、看守と目が合うとへたりこみ、「大尉殿!  私はまだすべてをお話したわけではありません!」と嘆願したという。

アイヒマン 大尉殿、あの当時は「おまえの父親は裏切り者だ」と言われれば、実の父親であっても殺したでしょう。私は当時、命令に忠実に従い、それを忠実に実行することに――何と言うべきか――精神的な満足感を見出していたんです。命令された内容は何であれ、です。大尉殿。
レス おまえの父親が裏切り者だと言われたとしたら、そういう命令に従う前に、少なくとも何らかの証拠を探そうとは思いませんか?
アイヒマン 大尉殿、あの当時は、そんなに熟慮するような余裕はありませんでした――なかったと思います、そう思います。死は日常的で、それに――言ってみれば――今では考えられないような見解を人々は共有していたんです。
(P.136)

 熟慮するような余裕。
 生きていくとは、まともに生きていくとは、熟慮しないということではなかろうか。
  例えば、何か困難に直面した時「ちょっと立ち止まって考えてみよう」と声をかけたりかけられたりするのだが、裏を返せば、立ち止まる必要がなければ考える必要もないということで、くよくよしたり打ちひしがれたりしなければ歩みを止めずにいられるということが当り前に受容されている。
 考えてみれば、おおよそ人は、くよくよして打ちひしがれた時に熟慮するものだが、そんなものを熟慮と言えるだろうか。

 ならば、ということでもないが、熟慮せずにおこなったことに関して事後に熟慮することは可能かというこのアイヒマンの尋問実験は、倫理的に見ればことごとく失敗に終わっている。
 アイヒマンは悔恨の念をまったく表していないし、レスの覚書を見ても、そんなことは一度もなかったと書いてある。
 何であれ、今考えないならもう考えない。
 人は? そうなのだろうか。
 結論づけるのは乱暴だろうが、膨大で、尋問技術として細部を変えた繰り返しが多いこの記録を読むと、せめて教訓ぐらい捏造してもやりたい気分になるのも本当だ。

 悪や善がどこにあるのかわからないで思い出したように困っているのはみな同じと考える。
 みんなは仲間だ。誰もがナイフを構え、突きつけ合い、互いにふざけることができる。
  なら、その仲間同士でなお仲間をつくるのはどういうことか。仲間をつくる手立てを覚えて頭を働かせるようになったら、その態度を保留している人々の元から離れてゆく。その際、ナイフを向けるべき相手が目の前に立ちはだかっているのだ。しかし、そう考えるなら、仲間をつくらないのもまた一つの態度と言わねば ならないはずで、それが仲間をつくるための逆説的な態度でないと自信をもって宣言できるだろうか……?

 たとえば熟慮しようと考えていたら孤独になっていたということについて。
  袋小路にたった一匹追い込まれたネズミは仲間が欲しいという欲を振り切ろうとして、仲間を呼ぶ声を出したくないあまり、そこまで追い込まれてしまったかも 知れないが、逆に言えば、もしかして彼は、力の限り、その大いに弱ったであろう喉を最大限に震わせて、仲間を呼ぶ断末魔の叫びを上げたがっているのかも知れないということもできる。己のしたいことがなんだったのか、それがわかるかもしれないという希望の今際の際を目指して、必死に足を動かし、迷路を彷徨ったのではないか。そうなることはわかっていて。わかりながら足を運ぶ。断じて狂ってなどいない。冷静だ。ネズミはそんなことはしないか。サルならどうか。 どういうことだろう。あれこれ考えている時点でもういけない。人間は畢竟ろくでもなく仕上がるが、そうなる前なら優しくすることもできる。子どもはいい。 あれこれ考えている子どもだっているが、あくまでもまだ子どもだから、いい。

 今の家に越してきてからもう1年近く経っており、仕事以外は誰にも会わない話さないやりとりもない生活を送ってきたが、日頃から親しんでいる子どもたちはどんな人間になるだろうかと考えないこともない。自分はどんな人間になったか。最近、キーボードの「k」がやや沈みこんで戻らなくなった。それ以外に確からしいことが何かあったと言えるだろうか。
 アイヒマンの遺灰は海にまかれた。その粒子が、そうしていなければいけないという奇妙な義務感にかられて、いまだに海をただよっている気がする。