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ボクの失恋バナシ

創作

 彼とボクの話は、だから中学の修学旅行にさかのぼるわけ。しかもお風呂。1時間とか、きっちり時間決まって、まとめて入るやつ。修学旅行の大浴場なんてほとんど貸し切りみたいなもんだから、みんなは好きホーダイ走り回ってるわけ。湯けむりの朦朧とした中を、素っ裸でさ。でもボクたちはタオル巻いてさ、しずしず外すと同時にチャポンて湯船に入って、隅っこに南極観測船みたいに進んでってさ、場を確保して、「ああ、いいよなあ」なんてうめきながら、あたたかい浴槽のふちにひじかけて、彼のカラダにふれないように気をつけてたんだ。

 ボクは彼のことが好きだけど、はっきり言って、彼のハダカを見たいわけではなかったし、まあ彼の腕が網を破るみたいにお湯をはじくとことか、もみあげやえりあしだけ濡れて束になってるようなとこにクラクラするようなこともなくはなかったんだけど、でもそんなのはこっちの陶酔の話でさ、関係がしゃしゃり出てくるもんでもないし、なんてこと当時はわかんなかったけど、チョット、ほんのチョットだけ心配してたようにお風呂の中でチンチンたっちゃうなんてこともなくって、不純な動機もなく、単純に、すごくよかったわけ。お風呂自体、気持ちいいわけだしさ?

 そしたら、なんだかみんなが妙に騒がしくってね。なんでも、露天風呂から女風呂のぞけこうぜってんで、扉から外にゾロゾロ出て行っている。

「どうする?」

 彼がボクに聞くんだ。ボクは知らん顔してた。別に彼がそっち行きたいならいけばいいしって。これは明らかにボクたち二人の問題じゃないな、ってのは彼もわかってるみたいで、要は、ボクたち二人が、他のみんなに対してどういう見解を示すのかっていう問題だと決めてるわけ。少なくともボクはそう思ってた。

 んで、彼の方でも、男らしくって「まあ、いいか」とか言うの。それがすっごくうれしいし、一方で、そうだよなとも思うわけ。当り前だろ彼はボクと一緒にいる方がいいに決まってるんだい、なんてそんなこと考えながら、こう両手で湯をすくってさ、顔をごしごし洗ったりしてね。

 そしたらさ、イヤなヤツってのはいるもんで、外からペタペタ出てくるんだ。偵察みたいなさ。クラスの中心のヤツにへつらうこともできないからせめてその場の一体感をつくるのに一役買おうっていう、小役人根性の座ったヤツ。

 どんな風に声かけてきたのかも忘れちゃったけどさ、たぶんニヤニヤしてさ、おいすごいゾ、やばいゾかなんか言ってさ、誘ってくるの。チンチン丸出しの棒立ちで。で、ボクそういうのわかんないけどわかるんだけど、そういう時にそいつの口から出てくる、クラスの女子の名前、名前っていうか名字だね、その一つ一つが、妙になまなましいんだ。橋本が、中代が、とかさ。

 そうすっと、彼が興奮してくるのもボクにはわかるわけ。聞くのと同時に頭の奥の方で、チリチリ燃やすみたいに考えてるあの顔ね。男の人ってそうだよ。

 で、ボクは、ああ、彼は行くな、ってわかる。でもボクの答えははっきりしてるじゃん。ボクは彼について行けばいいから、彼がなに想像しようともよおされようと構いやしないんだ。だって、ボクがほしいのはもっと全然ベツなもんなんだから。

 で、彼が「行こうぜ」だけぶっきらぼうに言って、ボクも「いいよ」だよね。んで、三人でペタペタ外に行くわけ。そしたら、みんなが、女湯と隔ててるのが石壁だったんだけど、その手前にタワーつくっちゃってさ。組体操の。ぶっつけ本番みたいなもんだけど、ちゃんと3段ぐらいまでいくんだ。でも、それでも全然足んないの。

 で、その下ではさ、右腕ぜんぶがこーんなえげつないドリルになってるオサムちゃんってのがいて、壁をケズろうドリルを突き立てて回転させてんの。でも全然からっきしダメで、みんな、オサムちゃんのドリルが突き通らないものなんて見たことなかったから、これはよっぽどすごいものだなってアてられちゃって、これはなんとしても見たいっていう、雰囲気になってきてるの。目が血走ってきてさ。ぽつりぽつりとタワーに加わっていく、みたいな青春のワンシーンが繰り広げられてるの。

 秋だし、山奥だし、かなり寒いんだけど、誰も露天風呂につかろうとしないんだよね。みんなががんばってるのに、自分だけぬくぬく入れるかよっていうさ。そういう雰囲気なの。ボクはどうだっていいんだよ、そんなこと。でも、それはボクが彼を好きだからでさ、他のことがどうでもいいからであって、でも、彼がいるのはこの世界だから、この世界で恋愛を成立させるために、露天風呂になんか浸かっちゃいけないわけ。

 で、だから、ボクと彼は、その他大勢に混じって、それを呆然と、何もせずに、後ろから見てるんだよね。ボクとしては、まあ、それは画としておもしろいから、どうなるもんかって感じなんだよ。時々、彼の方、バレないように見るんだけど、彼はやっぱり、さっき言ってたような感情もあるだろうし、けっこう夢中なんだ。このへんから、だんだん、ムムムとなってくんだけど。

 で、タワーでもダメだってなって、仕方ないからさ、うちのクラスに、体内の骨をバラバラに組み替えて色んな形になれるババちゃんってのがいたんだけど、よくよくそういうヤツがいる学校だったんだけど、ババちゃんに一番上になってもらって、そこからババちゃんがハシゴになったの。ゴリゴリ姿変えてって、ちょっとつらそうで、顔の部分の皮がだんだんへたってきてさ、頭蓋骨がコロって内側に落ち込んじゃって、代わりに両腕の長い骨がいつの間にかじりじりせり上がってきてて頭のとこの皮の中に入って、上のとこが角みたいに盛り上がったかと思ったら、そこからグーンと伸びてさ、みんな声出せないけど大盛り上がりで、だんだんババちゃん、皮に包まれたままだけどハシゴらしくなってきてさ。

 でもね、これはボクが一番最初に気づいてたのはまちがいないんだけど、ババちゃんの動きがにぶくなってんの。やっぱ、当り前だけど、すっごい疲れるんだろうな。誰かそれに気づいて動き出すのかなってなんとなく思ってたその時だよ、横にいた彼がさ、パッと気づいたらいないの。

 そしたら彼、急にタワーの下まで出て行っててさ、お湯入った桶持ってて、タオルが取れるのも気にせずにさ、、下から放り上げて、かけようとしてるの。「寒くないか!」って、ハシゴになろうとしてるババちゃんに声かけて、何回もザバザバやってんの。もうね、大ショック。

 それから自分以外のみんなも大挙として、桶を手にしてザバザバやってさ。タワーのヤツらも、あったかいんだろうな、こっちを見てるんだけど、この隙に芽生えてる義務感や責任感から、声は上げないで、お湯がしたたり落ちる音ばっかりしてさ。

 で、元気になったババちゃんのハシゴもできあがって、自然と、彼が上るような雰囲気になっててさ、あ、彼が上るな、って思ったら、やっぱり上るんだ。そういう時の気分ってなんだろうね。猛烈な寂しさが襲ってきちゃって。ボク、そこで生まれて初めて泣いちゃってさ、自分も桶でお湯をすくう振りして露天風呂に言って、ちまちま顔を洗ってたんだ。

 振り返ったら、彼が、人のお尻に足をかけて無様に上ってるのが見えてさ。ボク、その時、行きのバスで見た『アンツ』思い出したんだよな。ラストでさ、主人公が、悪いヤツの策謀で水浸しになった巣から、人柱ならぬアリ柱をのぼって地上に出て、希望に満ちた新しい生活を始めるじゃない? それで、すごいわかっちゃったわけだよね。それもさ、男のわかり方じゃなくって、女としてわかっちゃったんだ。自分の問題としてわかるわけ。「ちがうけど、そういうこともあるよね。理解できるよ。わかってあげられるよ」ってことじゃなくて、他人の問題が、状況や人物っていう細部を変えて一瞬にして自分の問題に組み替えられてて、それを見てわかっちゃうわけ。他人の問題じゃなくなってるんだけどさ。よく考えたら、そこにいたアリたちとじゃ根本的にちがうわけだから。でも、希望があるように見させてるのは、それを希望と呼ばせているのは、何かに駆り立てられた今の気持ちなわけであってさ。まあいいや。

 とにかくボクは、燦然と輝くような、すぼまったお尻と、彼が目指す方角を見て、初めて失恋をしたわけ。

 要は、ああ、彼はボクのつくったセカイで生きてくれないんだ、っていうことだよね。彼は、ボクが彼と一緒に作り上げてたセカイよりも、もともと存在してた、そっちの世界を選んだんだっていう。

 そんなこと思っててもボクと関係ない世界の時間が止まるわけじゃないからさ、彼は続けてババちゃんのハシゴにも足をかけるわけ。それを途中まで上ったら、もうのぞけるんだ。みんな息をのんじゃってさ。

 で、いよいよ手をかけてって時に、壁がシューンて伸びてさ。実はさ、アレって、みんな知らないだろうけどさ、体温を感知して伸びるようになってるの。

 みんなさすがにガックリきちゃってさ。ボクは、少しだけ気が晴れるような感じがしちゃってさ。でも気が晴れてることが引っかかってもいて。それはこれから自分はどうしようっていうことだったのかもしれない。そんな修学旅行のたかが風呂、で一人、着の身着のまま放り出されたわけだから。彼が向こうの世界で何があろうと、関係がないのね。

 ボクと彼の馬があってたのはさ、おたがい同じだなって思うところと、おたがい違うなって思うところが、一緒だったっていうのことだったんだと思うんだよ。魅力を感じながら親近感を持つっていうのが、関係としていちばん素晴らしくて、それが恋愛であるべきなんだ。

 でも、露天風呂でさ、同じだったところが違くて、違っていたところは同じだったんだということを直感してしまったわけ。何がどれなのかはわからないままね。でも実際にそうだったんだと思うんだよ。

 だからさ、別れても今までの関係を保てるっていうのは別にふしぎでもなんでもなくて、自分たちは同じだっていうところに惹かれ合って付き合った人たちなんだよね。だって、そういうカップルが別れる原因って、恋愛の相手じゃなくて友達だってことなんでしょうから。この人は自分とは違うんだっていうのが魅力になることがないわけで、同じだっていうところに慣れてしまったら、恋愛にはならないよね。

 反対に、自分と違うってだけで付き合ったら、痛い目見る確率の方が圧倒的に高いだろうね。だって、違う人と一緒に暮らしていかなくちゃいけないんだから。

 そういう、矛盾するものが天秤でつり合って、つり合いながら、いちばん動いているって状態を「恋の病」というんだから、こんなもの迷惑でしょうがないし、本来なら社会が成り立つ上ではむしろあっちゃいけなかったんだよね。

 だから世界中見たって恋愛結婚の方が珍しいわけだし、ところが、成熟した社会ではそれがありになってきてしまって、恋してればいいわけだから、何も生まれなくなるはずだよね。逆に言うと、成熟した社会って暇なんだ。恋にうつつが抜かせるぐらいにはね。

 で、壁はどうなったかと言うと、もう伸びっぱなしになってダメなわけ。ボクは泣いて人海を振り返って、こんな世界しらけちまえ、と思うわけ。当然だよね。その世界は、彼をボクから奪いとった世界なんだからさ。失恋っていうのは、まずは相手が去って行ってしまった世界を呪うことから始まるんだよ。

 で、それから、好きな人のいなくなった何の意味もないセカイを壊して、思い出の品を片づけて、土をならして、世界に戻していなくちゃいけないわけ。だからしんどいんだよね。もちろんここで、思い出の品もそのままにセカイを保存しておくことができるっていう人は、自分のことのくせに「そのセカイがあったこと、わかってあげられる」っていうスタンスをとれるからで、だから男に多いんだ。

 でも、露天風呂のボクにはまだそんな時間は訪れるはずもなかった。素っ裸の彼を見上げているわけだから当たり前だよ。とにかくその世界は、彼が行く価値なんて何もないクソみたいな世界だったというオチを祈るしかないんだよね。オチって言うのは、もう二度と戻ることはできないから、オチと呼ぶしかないのであってね。

 でも、そこで声がしたんだよね。「伸びた壁ならきっと穴を開けられるぞ!」っていう天啓の声みたいなさ、バレないように小声なんだけど、すごいパワーを秘めた声なの。天啓っていうのは、当然、そこでみんなが如実に元気を取り戻したからね。一方、ボクには破滅の言葉にしか聞こえないんだ。その絶望たるや、ないわけで、まいっちゃったよね。

 で、意気揚々とオサムちゃんがのぼっていくわけ。ボク、そこで気づいたんだけど、彼がさ、勃起してんだな。きっと、そこに立ってると女子のはしゃぐ声がよく聞こえるんだろうね。それで、想像たくましくしてさ、勃っちゃったんだ。それ見たらさ、ボク、吐き気もよおすほど気持ち悪くなったのね。それがわけわかんなくて、でも今ならわかるんだ。

 彼と同じものを求めてるんだって思ってたのがちがうものを求めてた、同じだと思ってたところがちがうところだった、っていうのを突きつけられると、今まで保ってたバランスが崩れちゃうんだ。単なる思い込みだったことに気づかされたりさ。ゲシュタルト崩壊っていうか、その当たり前さが崩れると同時に、自分がつけていた飾りも一緒に破れちゃって、何だコレはってなっちゃう。 で、吐きそうになりながら彼と、そこに近づいていくオサムちゃんを見上げてたの。でも、オサムちゃんってさ、腕がドリルじゃない? ぜんぜん上りにくいんだ。タワーの2段目まではいけたんだけど、そこから先がいけないの。で、彼が降りてきて、スッと手を差しのべたんだけどさ、ぐっと力こめて引っ張り上げようとした時、バランス崩しちゃって。

 落ちたんだよね。2人で絡み合って。タワーはそのままだったんだけどさ。

 ここからはホント思い出したくもないけどさ、オサムちゃんは力むとドリル回っちゃうから、その時も空回りしてギューーーッていやな音がしてたんだ。で、痛々しい音たてて床に落ちて、折り重なった2人のところからさ、案の定、みんな案の定って思ってたと思うんだけど、血が流れてきたの。

 ひっくり返したらさ、彼のタマの袋がさ、ドリルにつらぬかれちゃってさ、破れちゃってさ、中のコーガンもこぼれ出しちゃって、穴あいちゃって割れちゃって、彼、気絶してるし、血はどんどん流れてるし、すぐ病院運ばれてさ。手術して一命とりとめたんだけど、タマなしになっちゃってね。

 ボク、お見舞いも行かなかったし、そのあと学校来るようになってからも、前とちがって向こうから話しかけてくるようになった彼のこと、ぜんぶ無視したんだ。みんな変に思ったと思うよ、あんなに仲良かったんだしさ。彼だって、ボクのこと、もっとちゃんと、どうしようもなくなるくらい好きになってたと思うんだ。タマなしになったからじゃ無くてね。ちゃんと、さ。だから、彼、好きともなんとも言ってこなかったし。でも、そういうもんなんだよ、恋っていうのは。だからボクはぜーんぶ、やんなっちゃったってワケ。