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こじらせるといふこと

 なんらかの界隈で一悶着おこっている時、いやだな、何がいやなのかな、と考えていたらますます厭になってきて書いたものです。
 細かいことや事実関係など問題にしていません。
 何か論争の火種ができた時から、みなさん、裁判をしているかのような物言いになりますね。
 何かがわかりたいというよりも、わからせたいというバイブスに満ちている。

 200年前に、ショウペンハウエルがこんなことを書いている。

だれでも次のような悔いに悩まされたことがあるかもしれない。それはすなわちせっかく思索を続け、その結果を次第にまとめてようやく探り出した一つの真理、一つの洞察も、他人の著した本をのぞきさえすれば、みごとに完成した形でその中におさめられていたかもしれないという悔いである。 

 これは別に、人間のタイプをカテゴライズして、こんな人は嫌われるとかあさましい、私もそう思う、とかいうことでも、成り立つようだが、2世紀も経つと、「悔い」の形をとる方が珍しいようだ。
「悔い」にならないのは、「思索を続け、その結果を次第にまとめてようやく探り出した一つの真理、一つの洞察」では無いからだろう。ぼんやりと考えて通り過ぎていた感情のわだかまりに、言葉という刻印と共に、プラス/マイナス・イメージを与えられることで、自分の立ち位置を変えないまま、世界を整理できるにちがいないという予感に溜飲を下げるのである。
 これは、あまりに、書く方にも読む方にも、どんなに網の細かい言葉であろうとすくいきれない人間的なものへの自覚や探求が無いのではないかと思われてならない。ここで使われている一応「言葉」は、危険が迫ったサルの発する吠え声に過ぎないのではないかと思えてならない。
 せいぜい、どんな敵が迫っているのかを描写する手立ては持っているらしいが、みんなは、人間についてそんなことを考えたいのか、懐疑の念がないのかということを思う。
 とは言え、思うのばかりか言うのも自由という言い分を当然の権利にしている、という意味では僕も同じ穴の狢ではあるけれど、置いてけぼりになって、人間とは何か、人間とは、もっと、何なのでしょうね、とそういうことを一人きり、ひとしきり考えてしまうのだ。

 今では記憶している者が、私の外には一人もあるまい。三十年あまり前、世間のひどく不景気であった年に、西美濃の山の中で炭を焼く五十ばかりの男が、子供を二人まで、鉞で打ち殺したことがあった。
 女房はとっくに死んで、あとには十三になる男の子が一人あった。そこへどうした事情であったか同じ歳くらいの小娘を貰って来て、山の炭焼小屋で一緒に育てていた。その子たちの名前はもう私も忘れてしまった。何としても炭は売れず、何度里へ降りても、いつも一合の米も手に入らなかった。最後の日にも空手で戻ってきて、飢えきっている小さい者の顔を見るのがつらさに、すっと小屋の奥へ入って昼寝をしてしまった。
 眼が覚めて見ると、小屋の口一ぱいに夕日がさしていた。秋の末のことであったという。二人の子供がその日当たりのところにしゃがんで、しきりに何かしているので、傍へ行って、みたら一生懸命に仕事に使う大きな斧を磨いでいた。阿爺、これでわしたちを殺してくれといったそうである。そうして入口の材木を枕にして、二人ながら仰向けに寝たそうである。それを見るとくらくらとして、前後の考えもなく二人の首を打ち落としてしまった。それで自分は死ぬことが出来なくて、やがて捕えられて牢に入れられた。
 この親爺がもう六十近くなってから、特赦を受けて世の中へ出て来たのである。そうしてそれからどうなったか、すぐにまた分からなくなってしまった。私は仔細あってただ一度、この一件書類を読んでみたことがあるが、今はすでにあの偉大なる人間苦の記録も、どこかの長持の底で蝕ばみ朽ちつつあるであろう。
(柳田国男「山に埋もれたる人生ある事」『山の人生』)

 柳田国男は10年ほどの法制局参事官の時代に、特赦に関する事務仕事を買って出て、他人にゆずろうとしなかったという。そこで得た珍しい話をどこかでしたかったと口述筆記の自伝『故郷七十年』に書いている。
 この話を柳田本人から聞いた田山花袋はこう言ったらしい。
「そんなことは滅多にない話で、余り奇抜すぎるし、事実が深刻なので、文学とか小説とかにできない」
 柳田は「田山の小説に現はれた自然主義といふのは、文学の歴史からみて深い関係のある主張ではあったが、右の実例のような悲惨な内容の話に比べれば、まるで高の知れたものである」と批判した。
 悲惨な話に比べれば自然主義は「高の知れたもの」だと柳田は言う。出来事同士の軽重ではなく、自然主義と出来事の軽重である。柳田は『蒲団』を不愉快と言って、田山花袋の小説をほぼ否定している。
 『蒲団』の筋はこうだ。
「時雄(田山花袋・30代)が、弟子の芳子(岡田美知代・19)に惚れてしまってさんざん振り回されて、なのに芳子が田中君(永代静男)と付き合うようになって、ましてやごたごたの挙げ句とうとう田舎に帰るに至って、残された夜着と蒲団に顔をつっこんで泣く」
 田山花袋の中では、こうした恋慕に煩悶する人間と、殺してと頼む子どもたちや当てもなく子どもたちを殺す父親は区別される。その区別が底に見える田山の書く小説だからこそ、柳田は否定したのだろう。 
 柳田国男の『毎日の言葉』の中に、こんな一節がある。

 しかし平穏な以前の生活では、物を言いたくともそう毎日の話題はありません。そこで勢い内容の乏しい、有りふれたことばかりを口にするようになっ て、愈々形式化を早めたのであります。支那の内陸に滞在して居る諸君が、あちらでは人の顔さえ見ると、飯を食ったかと尋ねるのを珍しがって、そちこちから 通信せられますが、同じ風は独逸などに有るのみならず、我邦にもさして稀有なことではありません。食事が其人たちの大きな問題だからと解するのは思いちが いで、寧ろそれ以外に共同の関心事、即ち頃合いの話柄が見付からぬ為と私は思います。

 人は話すことが無いと、その人にあるに決まっている経験、それも自分と共通するであろうものをあえて話し出すというのはよくわかる話だ。井戸端だろうとファミレスや飲み屋だろうと変わらない。ごはんの話、恋の話、お金の話なんかになるわけである。
 そして、田山はこれを小説にする。彼の言葉を裏返せば、「滅多な話で、余り奇抜すぎない、事実が深刻でない」話こそが小説・文学になると言う。それを柳田は否定するのだ。
 こうした考え方で人間を見れば、殺してと頼んだ子どもとその通りに殺した父親は人間の営みの輪を外れ、異常の烙印を押されることとなる。
 その上で人間を考察する言葉は、己が手の届く範囲に響かせる虚しい空声だ。この文章の頭の方で、もうどんな風に書いたか忘れてしまったが、サルの吠え声だと言ったのはそういう意味である。もちろん、それでいいと言うだろうし、わかってやってると言うだろうし、それも本当だろう。
 人間とは一つの枠におさまるものでもないのをあなた達が承知しているのは重々承知だが、最近、こんなことばっかりでイヤになる。そういうことをやめろというでもない。

 日常を日常らしく、ちょっと悲哀めいて、または冗談めかして、あるいはユーモアこめた恨み節で作られたものがある。そういうものを本当に多く見るのだが、僕は、加藤智大のことを思ってしょうがないのだ。
 そう、僕は、それなら、加藤智大もまたどこかに、楽しげにカテゴライズしてやってくれと思うだけなのだ。彼の、言葉の上では何の変哲もない恨み節を、「キャバクラは人間関係の裏技」というユーモアを、得意の手技でどこかに仕分けしてやってくれまいか。
 人間を、人より上手く見つめていると思い込んでいる節のあるその化粧目を、徹頭徹尾、一貫させて欲しいだけなのだ。ある物から目を逸らし、都合の悪さに自然を装いちょっと長くまぶたを閉じているようなその仕草が居たたまれない。
 父に殺してくれと頼む子どもがあなたにはわかるまい。うんともすんとも言わず斧をとって殺す父親もわかるまい。自分の轢いた人間を目の当たりにしてなおダガーナイフを手にとって車から飛び出して行く青年のこともわかるまい。
 ならば、身近にいる同性・異性のことをどうしてわかろう。それが逆説的に自分を語る術なら、ならば、どうして自分のことをわかろう。
 より苦しいとか、追い込まれているとか、やってしまったことの大きさとか、そういうことではなく、その区別を存在させること自体が、人間のわからなさをわからなくしているのだ。ある者には牙を剥き、ある者には辟易し、一方で言及しない闇がある。その闇が故に、己の矛盾に目を伏せる。
 その身体で、手つきで描写された人間は、もう人間ではない。
「人と関わりすぎると怨恨で殺すし、孤独だと無差別に殺すし… 難しいね。」
 こうした言葉が加藤の場合は迫真を持つわけだけれども、彼は何と言われるべきなのだろうか。彼が辿った心の道筋に、異性にさりげないボディタッチを繰り返す女にするのと同様のやり方で、どんな意味を見出してくれるのだろうか。僕はそんなことは全然わからないが、変な話、加藤に感動に近い気持ちを覚えるし、そうなると、どんなことであろうと、こじらせた女子の肩を抱くにしろ頬を張るにしろ、人間に対して中途半端なことは言えないと身が固くなるのだが。
 そこに人間につきまとっている呪いへの懐疑が無ければ、言葉を吐く意味など一つも無い、と極度に思っているが、そうした言葉は面倒くさいらしい。論じても、話にしてみても、誰にも面倒くさいのだ。話しやすいことは、もっと沢山あるのも確かだろう。
 血液型をもとに、世間や異性に対する振る舞いをもとに、人間を表現するのは構わない。何かが表現されるだろう。それで構わないが、表現し得ない部分が人間につきまとうのだということをわかっていない表現に何の意味があるのかと考えたくなるだけだ。僕が。
 表現し得ない部分が少なければ語ることができ、し得ない部分が多ければ語らない。田山が柳田に受けた謗りは、人間の底の底から響いてくる正体不明の声である。そんなに重たく考えていないと言うなら、表現者としてあらかじめその旨を宣言してほしいとさえ思う。苦しんだ自分が投影されようと、誰かが救われようと、そんなことはいいから、あなたの人間の見方というものを知りたいのだ。
 例えば文学や哲学をやるとは、そういう何千年経っても終わりの見えない人間への懐疑を死ぬまで続けて自分としての、全く何の手応えもないひとまずの完成を見るということなのだろうが、こうまとめると、何だそれは、そんなのいやだと思う。降りるのは実にたやすい(こうすると、そういう人が上にいるみたいだが)。
 でも、一度きちんと踏みこんだのならば、降りる人などいないとも思う。そういう人は、最初から降りているのだ。そして、これぐらいは誓ってもいいが、「最初から降りている所」から発した言葉は、決して上に届かない。向きを変えても同じである。

 ドン・キホーテは、りこうな民衆から笑われた。なにと出会っても、それは別なものだと言い続けたからだ。
 なんとドン・キホーテは正しいことだろう!

 とエンデが書いたような、そういう話である。これが世迷い事なら、一笑に付されればそれでよい。
 どんな言葉もこの世にありえるだろうから。言葉には、届かせたい相手があるだろうから。
 ただし、そうして人の関係性の中に居ること、そこから外れること、その距離や速度にこそ、あなた方の鼻が利くのではなかったか。
 なんだか最近、とてもつまらない。
 おつかれさまでした。