密室ゲーム(上)

「う、う〜ん。どゆこと!?」
 誰とでも友達になれるタイプの僕が目を覚ますと一面の濃ゆい緑に目がくらんだ。全身に痛みが走った。
 そう、僕はさらし首が如く卓球台の一方の面の中央部からひょっこり顔を出していたのだ。ひどく狭い部屋らしく、卓球台のへりと壁は50cmほどしか離れていない。目の前にはドアがあり、もしこちらに開くドアであれば卓球台にぶつかってしまうだろう。
「一体全体どうして僕はこんなところへいるのだろうか」
 壁の方を向いたまま記憶を探っているとドアノブが回転し「ガン!」勢いよく開いたドアが卓球台にぶつかった。
「ほ〜ら言わんこっちゃないよ思った通り、まったく呆れた心の底から! 言わんこっちゃないよ!」
「そんなに?」
 と言って顔をのぞかせたのは、おそらくマチャアキをモデルにした怪人。小柄でオシャレな出で立ちをしながら、怪人として出るとこは出ている。見事なものだ。それからこれは両方の要素を兼ね備えた部分だと思うのだが、ステッキを持っている。
 マチャアキが体をできるだけ細く斜めにする本能的知恵で入ってくると、その後、汁男優の格好をした下っ端と見られる男達が次々と同じように入ってきた。僕は1人2人と数えていたが、やがて数えるのを止めた。汁男優の入場は全く途切れるところがなかった。
「こんなに狭い部屋にヤバいヤバいヤバいヤバい!! でも汁男優は部屋に次々と入ってくることにかけてはプロだから大丈夫か……? いやヤバいヤバいヤバい!!」
 と僕が大騒ぎ(反省)している間に部屋はグルリと白いブリーフの男だらけになってしまったらしい。視界の中にいる汁男優たちは、もうかなりギュウギュウだ。
マチャアキ、どこにいる?」不安になった僕は尋ねる。
「ここにいるよ」
 最初は左側にいたマチャアキの声が、今は右側から聞こえていた。
「そんなとこまで行っちゃったの!?」
「きみ馴れ馴れしいね。とにかくそのままじゃ始まらないから卓球台のネットの方、つまり前を向いてもらおうかな。水面下ではがんばりを見せている白鳥を見習って、しゃがんだ体勢のまま足を動かしてこっちを向くんだ。きっと、きっとできるよ!」
「う、うう……」
「ホラ、いち、に! いち、に!」
 マチャアキのかけ声に合わせて足を動かすと、痛む体も嘘のように軽い。汁男優のマスクの奥の目が僕を見つめている。"いい緊張感"の中、それを作り出してくれたみんなのおかげで、自分でも驚くぐらい難なく逆を向くことが出来た。
「こんなに出来るなんて、自分でも本当に驚いています」
 と思わずアスリートのような感想を言ってしまいながら僕の目の前には卓球のネット。そしてその奥に顔が浮かび上がる。特徴のない顔が浮かび上がる。
「あなたは知らない人? いつからそこに?」
「ずっといました」
「ホントに!?」
「本当です。ずっとお喋り聞いてました」
「言ってよ〜〜〜〜!!!」
「ホラお喋りやめ!」
 左手前方、審判の位置にいたマチャアキの声に部屋は静まりかえった。
「今からお二人には、壁際に並んで立つことにかけてはプロである汁男優の目の前で、ゲームに参加してもらいます」
 何人か遠慮がちに会釈する汁男優たち(AVあるある)を見る時間を僕らに与えてから、マチャアキは続けた。
「実を言うと今、お二人は首から下が肌寒くてスースーしているはずです」
「え!?」
 呆気にとられて思わず手を動かす。
「触らないで!!」マチャアキの大きな声。「チンチン触らないで!!」
 僕はびっくりして手を乳首に持っていき、一目散にひねりあげた。直の乳首だった。
 トイ面の人も台の下でチンチンを触ろうとしていたらしく、ビクンとはねて動かなくなった。イタズラがばれた子供の目をしている。
 今、僕たちは卓球台の下で、白鳥と同じように裸なのだろう。靴は履いているのがわかるのでなんとなく全部着ているものと思い込んでいたが……やはり白鳥と同じで裸なのだろう。
「テレビ入れて!」外に向かって叫ぶマチャアキ。「早くテレビ入れて!!」
 汁男優たちの視線に合わせて、僕もまたドアの方を向いた。
 すると、詰めた汁男優の隙間をぬって「ガン!」ドアが乱暴に開いた。そして、薄い台に乗ったビエラが見え、それがグイグイ押されて進入してきた。
「気ぃつけて! みんな詰めて!」マチャアキがまた怒鳴る。
「少しずつ詰めて体斜めにして!!」
 密着した汁男優がさらに密着する。顔がゆがむのがマスク越しでもはっきりとわかった。
「誰かコード持つのやって!」「一瞬テレビ持ち上げよう。持ち上げて、そんで台だけ」
 指示が飛び交い、次第に真剣みを帯びてくる室内。サボっている者は一人だっていない。
「詰めろ〜〜〜!! みんな詰めろ〜〜〜〜〜!!!」気づけば僕は上を向いて大声で叫んでいた。
「卓球台に一回乗っちゃったらどうですか卓球台に」知らない人も、きっと学のある人なのだろう、素晴らしい助言をした。
「乗れ〜〜〜〜!! みんな卓球台に一回乗れ〜〜〜〜〜〜!!!」
 そして僕は白いブリーフに囲まれた。それを誇りに思った。
 そして5分後、部屋から一人も欠けることなく、テレビがマチャアキの隣に立派に設置された。配線もバッチOKだ。上がった室温はみんなの充実感といっても過言ではなかった。
 マチャアキは僕と知らない人の顔を満足げに見たあと、語り始めた。
「僕はテレビを入れる作業の間、言いたかったこと、というか本来なら当然言っておくべきことをあえて言いませんでした。それは先ほども言いましたが『チンチン触らないでよ!?』ということです。実はそれは、これから始めるゲームのために絶対に言っておかなくてはならないことなんです。でも、お二人の目を見ていたら、そんなことは絶対に言えませんでした。そして、お二人は間違いなくみんなが頑張ってテレビを設置しようと頑張っている間チンチンを触らないだろうという確信がありました。だから僕は何も言いませんでした。本当に感動しました」
「いよっ!」僕は威勢のいい声をあげた。
 みんなのマスクド笑顔が咲き、にこやかな微笑みでマチャアキも僕を制して雰囲気は最高潮だ。
「それではゲームを始めます。失敗した人は顔射されて窒息して死にます」
「ふざけんなよ!!!!!」
 激怒した僕に、有無を言わさず、むかし堤さやかが首につけてたエリマキトカゲみたいな精子を集める器具の、より深さのあるものが取り付けられた。さっきまであんなに心が通じ合った汁男優達は寄ってたかってひどく事務的に作業を進め、僕の「友達でしょ?」という声も聞こえないようだった。知らない人も同じようにされていたが黙っていた。
「では、ゲームの説明を始める。くれぐれもチンチンは触るなよ。君たちは台の下で監視され、銃口を向けられているんだ。触った瞬間、撃つ。特にお前だ。躁病気味のお前」
 部屋に、僕の歯ぎしりだけが響いた。
(つづく)